2017_08
10
(Thu)06:30

近況~夏に動いたこと~

ここを見てくださっている皆様、書中お見舞い申し上げます。前回エントリーから梅雨も明けて夏がやってきましたが、豪雨があったりのろのろ台風がきたり猛暑だったりと、今年の夏はすごく天気があっちゃこっちゃ変化して大変ですね。まるで今年の僕のようだ。
そんな中この1ヶ月、僕はなんやかんやと忙しくしてました。いや、忙しくしてたのか?ちょっと…いや、だいぶ疑問は残りますが、とりあえずそんな近況をつらつらと書いておきたいと思います。
☆仕事を辞めました
先月末をもちまして、勤続12年近くになります職場を退職しました。諸事情あってのことで詳しいことは書かないでおきますが、とにかくめまぐるしく変化する自分の生活と仕事とのバランスに心身ともに疲れてしまったのが大きな理由です。
職場のスタッフと僕とのいざこざもあったりして、このままではお客様に十分なサービスを受けてもらえないばかりか、不快な思いしか与えることができない。辞める上でそこは本当に悩んだポイントではありましたが、自分に無理をするよりは思い切って一歩踏み出してみることにしました。
12年もいたわけですからいろんな人との出会いがありました。でもその全ての出会いは何かしらの意味を持つものだと僕は信じています。いろいろあったけど、働かせていただけたことは素直に感謝です。ありがとうございました。
☆大人の夏休み
そんなわけで先月仕事を辞めたのですが、せっかくなので有給消化をしようということで、勤務上は15日で閉めて、あとの半月をそこに当てました。ということで大人の夏休みです。結論からいうと、まーあっという間に過ぎたよね(笑)
なんやかんやすることはたくさんあったのですが、これに加えて家事も挟まってくるので本当にあっという間。休みに家事が挟まるだけでこんなに時間ってないものなのかという勉強にもなりました。自分の要領が悪いのもあるんですが。
たとえば「これをしている間にこれをしかけておいてこっちを用意しておく」みたいな手際のいいやり方をすればもうちょっとうまくまわるのかもしれないけれど、そこは主夫1年生、大目にみてくださいなって話。
夏休みの間には我が家に初めてのお客さんが何人かいらっしゃいました。もともとうちの職場で一緒に働いていた同僚がきたり、ポッドキャスト関係で繋がった人たちが遠方から遊びに来てくれたり。よい縁は切れないものなんですね。ありがたかったなー。
このほかにも、もと同僚と久しぶりにSNSで再開したりといったこともありました。よい縁は切れずにちゃんと繋がっている。縁ってほんと不思議だし大事。DY 1st album 「JOIN CIRCLE」は絶賛販売中です(笑)そして、我が家へ遊びに来てくれるお客人も募集してますので、連絡ください。
☆お盆に向けて
前回のエントリーで母と祖母の遺影を飾ったというお話を書きましたが、毎朝お供えするお水用のカップと、LEDのろうそくを買いました。カップはダイソーでそろえたのですが、ヘルパーさんからは「かわいいカップ、大きさもちょうどいいのがあってよかったですね」と言っていただいて。
お仏飯をお供えできてはいなくてそれが申し訳ないんだけど、お水は毎晩寝る前に下げて毎朝新しいお水をお供えしています。それと同時に見守ってくれている二人への感謝の気持ちを言葉として。生前は感謝の言葉をろくに伝えもしなかったのに虫のいい話かもだけど。
LEDろうそくは近くのホームセンターで買いました。本当は僕的には火のろうそくがいいんですけど、やはり火は何かあったときが怖い。おせんこうのにおいとか子供のころから好きだった僕としては光だけなのでちょっと寂しい気もしますが、許してもらえるかな?
でもすごいですね。僕、買うまではペンライトとか懐中電灯みたいにただ明かりが点灯するだけかと思ってたんですが、つけるとろうそくっぽく炎がゆらゆらするらしいんです。10分経ったら自動で消えるんで消し忘れもない。仏具もいろいろ進化してるんですねー。
☆ネットショッピング
相変わらずネットショッピング、特に楽天にはお世話になっていますが、今まではCDやDVD、たまに楽器とか自分の趣味のコンテンツしか買わなかったものが、最近は食品や洗剤なども買うようになりました。一応主夫してます(笑)
まずは食品。キューピーのあえるパスタソースにお世話になってます。特にペペロンチーノにはけっこうはまってる。スパイシーな感じとにんにくの風味がこの夏にぴったり。ミートソースや焦がしねぎ塩も1回試しましたが、さすがキューピーよね、はずれがない。
それからポッカレモン100を買ってほとんど毎日かなー?レモネードを造って飲んでいます。気分によってホットのままいただいたり氷を入れてアイスにしたり。風呂上りのアイスレモネードはけっこうお勧めですよ。これ飲んでポッドキャスト収録やると喉の調子がなんてなくいい気がするのはプラシーボ効果なんでしょうか?
それからきき湯とシーブリーズのデオドラント剤っていうの?このコンボがすばらしい。肩凝りが酷いんできき湯にお世話になることにしたんですが、塗る目の湯船の中で音楽聞きながら手の届く肩周辺をマッサージしていくとじわりじわりと汗が出てくる。体を洗う時間を含めてだいたい40分。
そのあと汗をダラダラかきながらクーラーで涼しくなった部屋に飛び込んでからのシーブリーズです。これがもう快感!!たまらんです。香織も気に入ってます。加齢臭で部屋がくさいなどとは言わせんぞ(笑)そしてギャツビーのフレグランスも買いました。出かけるときのお供はギャツビー。
☆音楽制作
だいぶ長くなってきたんで、今日はこれを最後に書きます。実は2週間あった夏休みも終わって8月からは就労支援施設でお世話になっています。マッサージも含めネットラジオや、その就労支援施設から派生しているお店のCMソングを作ったりといったコンテンツ制作を含めたクリエート的なことを始めました。
そもそもは僕がガイヘルを申し込みたくて動き始めたところから全ては始まっていて、気がついたらこうなっていましたって感じ。さっきからくどいようですけど、ほんと人と人との縁って不思議だし、10年、20年かけて積み上げてきたものがこんな形で誰かの役に立てるなんて思いもしなかった。
趣味の範囲だったものが仕事という形でも広がって、その分責任もあることを始めたわけで気合も入れていかにゃならんなーと思うわけですが、でも力を入れるだけではいい作品もいい仕事もできないと思んですよね。抜くところは抜いていいコンテンツにしていけるお手伝いができたらと思っています。
ちなみに、例年の夏休みの宿題もありつつ(笑)先週だけで2曲、今週ラフを1曲作りました。いやー、どうなっていくんでしょう。なんかこう…うん、がんばります。ということで以上、ここ1ヶ月ぐらいの僕の近況でした。
まだまだこの1ヶ月の間に起きたこととか細かく書きたいことはあるんですが、長々ととりとめなく書いてしまい、ここまで読んでくださった方はどうもありがとうございました。とりあえず台所が生ゴミくさくていかん自宅より(笑)いや、本当の生ゴミのにおいじゃないんですけどね。これはマジで困った。
スポンサーサイト
2017_07
12
(Wed)06:36

遅くなってごめん

梅雨明けはまだですが昨日ぐらいから本格的に夏っぽい気候になってきましたね。この辺ではクマゼミも元気を出し始めましたし夏はもうすぐそこだと思います。皆さん体調など崩してないですか?
そんな昨日はあまりにも暑かったので、ついに新居のエアコンを除湿モードから冷房に切り替えました。30度超えるとさすがに除湿だけではあかん(笑)そして痩せても暑さに弱いのは対して変わらないみたいです、はい。
そして昨日はもう一つ。引っ越してくるときにもらってきた母と祖母の写真をようやく並べるスペースを確保して収めました。1ヵ月半も紙袋の中に放置状態で本当にごめんなさい。
暑くなってきていよいよ夏本番。来月には祖母も初盆を迎えます。母や祖母が帰る場所はここではありませんが、ダメ息子、ダメ孫ではあったけれどちょっとでいいから寄ってってもらえないかなと。
こういうことを書くとまた怒られるのかもしれませんが、そんな都合のいいことを考えたりしている今日この頃です。写真を配置するときはヘルパーさんに手伝ってもらったんですが、母の遺影、母の遺骨、祖母の写真を渡したとき「よろしくお願いします」と言ってくださったのがとても嬉しかったです。
僕は特定の宗教に信仰を持っているわけではないしもちろん偏見もないですし、まぁ信仰しているものがあるのだとすれば亡くなった曾祖母、祖母、母なんだと思います。パラビでも話した3人の母です。僕にとっては大切な大切な人たち。
その人たちの遺影を見つめて「よろしくお願いします」と言ってくれるその心遣いがありがたいなって思いました。遅くなって申し訳なかったけれど、母と祖母の場所を作ってあげることができて、ようやくここから始まるんだなと、改めてそんな気がしています。
今日は2人にお供えするお水を入れる容器とかを買いに行こうかと。祖母が曾祖母に毎日欠かさずお水や炊き立てのご飯をお供えしていたのは知っていますが、それ以外のしきたりみたいなもの、なんにもわかんないんですよねー。
「しきたりなんて、心があれば」っていう方もいるかもしれないし、生きてる間はなんにもしなかったくせにと言われそうですけど、ダメ息子、ダメ孫なりにと思ってます。そう思うのは曾祖母の影響が強いのかも。
今年の夏も暑くなりそうですね。お盆の時期はどうでしょうか?暑い中寄り道までさせようとしてやっぱり親不孝なのかな(苦笑)さて、今日は仕事は休みですが1日を始めることにします。暑いので皆さん、体調にはお互い気をつけましょう。
2017_06
26
(Mon)20:07

一人暮らし1ヶ月記念日

ようやく梅雨らしい天気になってきた感じですが、ここ数年の傾向というか、ジメジメした日が続くんじゃなくて一気にどっさり降る感じなので困ったものですね。僕も偏頭痛と闘う毎日ですが、皆さんいかがお過ごし?
そんな今日、僕が一人暮らしを始めて1ヶ月が経ちました。早いものです。なんだかこの1ヶ月はとにかくお金が飛んでいったし、とにかく生活を安定させることに必死だったような気がします。それはそれとして楽しんでやっていますが。
ヘルパーさんの力も借りて少しずつ進んでいます。「それがどうした」って言われそうですが、米もとげるようになったし、ダイソーグッズでパスタゆでたり焼きそば作ったりといったちょっとした料理もできるようになりました。
学生時代に家庭科の授業でお米のとぎ方、炊き方っていうのは習ったんだけど、そのときはぜんぜん感覚つかめなかったんですよね。お釜でお米をといでとぎ汁を捨てるときに傾けすぎてお米をばら撒くとか、水加減間違えてビチャビチャなご飯になるとかでいやになった記憶(笑)
それが、ちょっと手間にはなりますがボールとざるを使ってといだものをお釜に移して水を図って入れて炊くっていうのを教わってから一人でご飯を炊くことに成功しました。1ヶ月前じゃ考えられなかったことです。
「サトーのご飯でいいや」とか思ってたのが自分で飯炊きができるようになるなどほんと思いもしなかった。前回のエントリーでも書きましたが、可能性の扉が一つずつ開いていく感覚は楽しいです。友達から引っ越し祝いにクイックボールもいただいたし、次は何をマスターしようかと思ったり思わなかったり。
ただ成功だけではなくて、レンジでパスタゆでたときにシンクまで間に合わずに床に熱湯をばら撒くとか、インスタントコーヒーを飲もうと思って破ったスティックがコーヒーじゃなくてだしの素だったりとか、そういう事件もちょいちょいあります(笑)
そういう細かい失敗はありつつも今のところ怪我や火傷はしていないので、この点だけは注意していろいろチャレンジしていきたいですね。今はアイスコーヒーを入れる練習を少しずつやってるんですが、氷の量とコーヒーとお湯の分量、その感覚がうまいことつかめなくていつも違う味になっちゃう。
あとこの間楽天のスーパーセールのときにレモンの原液を買ったんですが、夏はアイスレモネードを飲みながら喉をいたわってレコーディングしようかなとか思ったりね。これもたぶん数回は失敗するんだろうけど日々修行ですね。
風邪なども引いておらず、雨の日に偏頭痛が発動するのと時々蕁麻疹が発動すること以外は至って元気にやっていますが、そんな中でもう一つの別れというのも最近ありました。ポッドキャストの478回目でも話しましたがアイとの別れです。
今の家を即決したことは後悔していないですし、それ以前にいろいろと贅沢を言ってられる状況でもなかったので、まずはとにかく少しでも早く自分の身の丈にあったところに落ち着かなければならないと思って決めたのがここで、ただこのアパートではペットが飼えないんです。
そのことを知ってから自分でもペット可の場所を検索したりしてみたのですが、そうなると身の丈から少しはみ出さなくては難しくなる。だいたい家賃が1.5倍から2倍は出さないと受け入れてはもらえない。そんな現実に直面したとき、どうしてもアイを連れて行くことが今の僕にはできませんでした。
本当にかわいそうな思いをさせてしまったと思いますが、これも本当にありがたいことで人とのご縁がご縁を呼んでいい巡り会わせがあって、アイは里親さんのところへもらわれていきました。飼うときは鼻息荒く「おれがこの子をちゃんと面倒見る」なんて青臭い正義感で家に迎え入れたのにこんなことになってしまって本当にすまないと思っています。
アイが我が家にきて9年。その9年という時間は本当に貴かったしできることならばもっともっと一緒にいたかった。もちろん最後の瞬間まで。でも特にこの3年ほどであらゆることが大きく動いて変わってしまって、そのうねりに僕も翻弄されるほど…というか、今でもこれは夢なんじゃないかと思うことすらあります。
眠りについて母や祖母が目の前に現れたとき、こっちが現実なんじゃないかって思うこともあるんですが、でも目が覚めるとワンルームのアパートなんです。起きて顔を洗って朝食を作って食べて仕事に出かけて、天気のいい日には洗濯をして。引っ越して1ヶ月が経った今、気持ちも落ち着いてきたからでしょうか、時々ふっと寂しさ横をすり抜けます。
アイももういないし。でもこの寂しさは僕が選んだ道であり受けるべくして受ける報いだとも思います。焼きそばを作れるようになった、パスタをゆでられるようになった、ご飯を炊けるようになった。できることが増えるたびに母や祖母が遠くなっていく感覚もあります。ですが、喜んでくれているといいな…そう思います。
引っ越して1ヶ月が経った夜。楽しいこともしんどいことも寂しいことも全部ひっくるめてそんなことを考える雨の夜です。今週は1週間を通じて天気がよくないみたい。皆さん、くれぐれもいろんな意味で気をつけてくださいね。
2017_06
05
(Mon)20:49

DY、新たな進化論

ご無沙汰しています。そろそろブログの広告表示が気になる今日この頃(笑)いかがお過ごしでしょうか?いいかげん更新しないとということで、落ち着いた時間もできたということもありゆっくり腰を落ち着けてこれを書いてます。
このブログも僕DYの進化の記録として12年ぐらい続けてきてますが、12年前の自分がここを始めたときにまさか主夫になっていようとは思いもせず、ほんと人生は何が起こるかわからないもんだなーと実感しています。
この1ヶ月、本当にめまぐるしく過ぎて生きました。先月26日に引越しをしまして、38年間生きてきて初めての一人暮らしを経験しています。ヘルパーさんの力を借りてはいますが、慣れない家事、炊事、洗濯もなんとかこなしてます。
洗濯は学生時代、寮生活をしていたころに経験があるし全自動洗濯機なので放り込んで電源とスタート押せばあとはやってくれるし、15年ぶりぐらいではありますが勝手はわかっているというか。問題は炊事ですね。
まったくやったことがない世界。高校時代の家庭科のテストで味噌汁を作る実技テストがあって、それでなにもできずに終わった経験があり、「おれには料理など無理だ」と勝手に悟ってました。カップラーメンも満足に作れないレベルからのスタートです。
ですがいよいよ一人暮らしを始めるということになって、確かに家事援助でヘルパーは入ってくれるけれど、なんでもかんでもおんぶにだっこでは今までと変わらない。ここは一つ覚悟を決めて料理のできる人になる、その扉を開けてみようと。
それで調べたり一人暮らし経験のある視覚障害者の人に話を聞いたり、その他twitterやパラビを通じて出合ったたくさんの人たちにいろんな知恵を授けてもらいました。ダイソーのグッズでレンジさえあればゆでられるパスタのグッズや、火を使わない料理のレシピ。
更には引っ越し祝いにクイックボールを送ってくれた友達までいました。いろいろありで一人ぼっちになっちゃったけど、でも一人ぼっちじゃなかった。本当にありがたいことです。今はレンジで焼きそばを作れるダイソーグッズにわりとお世話になってます。
それから、ほんの1ヶ月前の自分からは考えられないことですが、お米もたくコツをつかんだりもしています。ヘルパーさんの援助のもと生活していく中で、緊急時やヘルパーの急なトラブルなどに見舞われたとき、とにかく食べることだけは確保できるようにしましょうという約束事は交わしていました。
だからというわけではないしけして自分の中では努力したり急いだりという気持ちはないんですが、逆に周りに「飛ばしすぎじゃない?」と心配されていたりもします。ただ今は自分の中の可能性の扉が一つずつ開いていく感覚が楽しいのは事実。
楽しみながら家事も炊事も洗濯も暮らしの知恵も学んでいけたらなって思います。もちろん、ポッドキャストや音楽、このブログといったこれまで続けていることについても無理のないペースで継続していくつもりです。まだ言えませんが動き始めているものもあります。
人それぞれに思いはあると思う。分かれ道はいついかなるときにもどこにでも現れるもので、そのどれを選ぶのかは間違いなく自分。僕はこの道を自分の責任で選びました。選んだからには後悔のないよう、そしていつかこの選んだ場所を振り返ったときに胸を張って「間違ってなんかなかった」って思えるよう歩いていきたいと思います。
2017_05
07
(Sun)14:52

近況いろいろ

お久しぶりのエントリーです。あれから1ヶ月近く経ってずいぶん暖かくなって…っていうか軽く暑いね(笑)先月の今頃はまだ寒い寒い言ってた気がするんだけど。ゴールデンウイークも気がついたらおしまいですが皆さんいかがお過ごしでしょう?
僕はというとこの1ヶ月、とにかくいろいろなことが本当にものすごい勢いで動きました。あまりにもあらゆることがスムーズに動いているので少し怖くもあります。足元すくわれてるんじゃないかとか何かの陰謀じゃないかとか。
もちろん僕のために動いてくれている人がいる、そのことは本当にありがたいしそのおかげでここまでスムーズにいってる部分もあるのでそれは素直にありがたいんですけど、正直ちょっとだけ怖いぐらいですね。
その方いわく、「タイミングがよかったんでしょうねー」っていうことだし、最近同行援護をお願いしているガイヘルさんには「亡くなったおばあちゃんが守ってくれてるんですよ」って言っていただいたので、ありがたくそう思わせてもらうことにします。間もなく祖母の49日がきます。本当に「ありがとう」、その一言ですね。
今日はそのガイヘルさんと一緒に散発へ行ってきました。引越し前に髪の毛がもじゃもじゃうっとうしいなと思ったんで(笑)新生活前にばっさりと。この間はそのまま家出して(以下略)の状態でしたが、今日はご挨拶がてらっていう側面もありかな?
実は僕が今度引っ越して自活を始める場所というのが、今の家に引っ越してくる前に住んでいた場所からそう遠くない、2ブロックぐらい離れただけの1Kのお部屋なんです。動きやすさを考えて駅の近辺で部屋を探していたところ家賃も含め申し分ないところが見つかって。
一応アパートなんですが、その名前も、何かこれからいいことが起きそうな気がするようなそんな名前だったんで、お部屋を見せてもらってから即決しました。今月の26日に入る予定です。
まー正直な話即決したことについては、そんなにあれこれ贅沢を言ってられる立場でもそんな余裕もなかったというのも事実あるんだけど、これを逃したらなんかいろいろ逃げていきそうな気がしたのも事実で。
そんなこんなで、前のアパートにいたころ散発によく行っていた理髪店、またお世話になりますってことでチョキチョキしてもらったんですが、店長いわく僕が前住んでいたアパートも今月取り壊されるらしいって話を聞いて。
新しくマンションが建つらしいのですが、なんだかちょっとだけさびしい気持ちになりました。と同時に、アパートを借りるということはいずれこういうリスクもあるんだなーというのも憶えておかなくちゃいけないんだなーと思った次第。
帰り道には、新居となるアパートを見に行ったりもしました。歩いてみた感じだと、点字ブロックのない路地に入っていくようにはなりますが、最初きたときに比べると難しいのかなという印象はなかったです。ただもう何回か歩いて入り口確認しないと迷いそう(笑)
そんなところで、着実にいろいろと動いています。ただこれはひとえに僕が動いたからではなく、手を差し伸べてくれた人がいて僕のために動いてくれた人がいたからここまでスムーズにいっているわけで、それは絶対に忘れてはいけないし、その人たちへの感謝の気持ちは忘れてはいけないと強く思います。
その人たちに返していくために自分は何ができるのかをゆっくり歩を進めながら考えてこれから先、生きて生きたいと思ってます。今月は引越しも含めドタバタしそうですが、できるだけうつむかずいきたいですね。がんばります。
2017_04
17
(Mon)06:37

レベル38

こんなに気持ちの落ち着かない、そして考えのまとまらない誕生日はもしかしたら初めてかもしれません。ということで、なにはともあれ無事に僕DY、38歳になりました。
レベルアップなのか、それともここから0に戻るのか。いや、0なんて甘っちょろくて実はマイナス100ぐらいになるんじゃないか。それぐらいの気持ちで今日、この日を迎えました。
おとといはポッドキャストのとある特別回の収録で、比較的たくさんの人が集まって楽しく収録をすることができ、そのあともなんやかんやで夜中の1時過ぎまでいろいろ話をしてて。
その中で僕が今おかれている原状であったり、今後どうしていくかについてもそこにいた人たちそれぞれの考えを聞くことができました。夜が明けてから「夕べ、だいぶ落ち込んでしまってたみたいだけど大丈夫?」って声をかけてくれた人が何人かいて逆に心配かけて申し訳なかったなーと反省。
正直な話し、厳しい助言もあったのかもしれない。でも僕はそれを「きついなー」とか「しんどいなー」とは捉えていなくて、むしろ僕を思ってああやって言ってくれる人たちのあったかさを感じてました。だから直接的にそれで落ち込んだわけではないんですが、いろいろぬぐえないのも事実ですね。
悲しみだったり悔しさだったり歯がゆさだったり不安だったり。それは自分自身に対してももちろんだし、亡くなった祖母や母たちに対してもそうだし。悔やんだって暴れたってもう無効の世界へ召された人は帰ってはこないわけで、腹をくくるしかないのもわかっているんだけど。
原状についてちらっと書くと、今僕が住まわせてもらっている家を出ることになりそうです。この家は2年半前に亡くなったおじが残したもので、ちゃんと聞いたわけではないんですが相続人は従妹になっています。
筋から言ってもこのうちに僕がいるわけにはいかないのもわかるし、他にもいろいろありで、先週、そう直接言われたわけではないんですが簡単にいうと「出ていってほしい」と言われました。覚悟はある程度していたけれど足りなかったのかな?やっぱショックでした。
いろいろありでと書きましたが、そのいろいろのせいでおばの剣幕がものすごく、もうとにかく今すぐにでも荷物をまとめて出ていってくださいっていう勢い。おばはおばで市役所に行って、身寄りのない障害者を受け入れてくれる施設に僕を入れるつもりでいるみたいです。
僕の話などもう聞く耳持たぬといった感じ。いや、それは僕の思いこみなのかもしれない。きちんと話せばわかってもらえることなのかもしれないですが、なにを言っても自己弁護になってしまう気がして。実際「自分が楽になりたいだけでしょ」って言われたこともあるし。
僕は僕で、この間ようやく認可が通った事業所の相談員に今後のこと、住まいのことを相談しているところです。甘っちょろいかもしれないですが、今の僕には仕事も趣味も何もかもを捨ててしまう勇気はなくて。もちろん多少の犠牲や報いはつつしんで受けますが、0にすると壊れてしまいそうな自分もいて。
なので、まずは自分が生まれたこの土地で住まいを見つけて、少しずつ環境を変えていきながら自分の生き方をみつけたいと思っています。1年、2年、5年って経ってくると、もしかしたら仕事を変わっているかもしれない。県外にいるかもしれない。でも今はここを離れたくない。それが正直な気持ちです。
臆病だし甘いのかもしれませんが、今はできることをしっかり積み重ねて、今できないことを一つでもできるように時間をかけたい。生きるための自信をつけたい。そのためにいろんな人の助けを借りることにはなるだろうけど、いろんなことが怖くない、ちょろいって思えるようになるまでこの土地でがんばってみたい。
そんなことを38歳初日、考えています。やっぱり家族の中でぬくぬく育ってきたせいというか…甘いんですかねー。さっさと県外に行って0からやり直すっていうほうがさっぱりしてていいんだろうし、それが正しいのかもしれません。正直、どうすることが自分にいいのかもよくわかりません。
「自分でやりたいようにやるのが一番」という意見もあるだろうし、「もうその場所に失うものなんてないんだから別の場所でがんばってみたら」という意見もあると思う。どっちも間違っていないとも思う。もう身寄りなんていないこの場所で自分が何にこだわってここにいたいとごねてるのかもよくわからないんですが…。
なんだか取り留めなく書いてしまいましたが、ちょこっとだけ37歳を振り返って終わろうかな。とっても悲しいこともあったけど、趣味の面では大きく羽ばたけた年でした。去年ここでフルアルバムのリリースなんてことを書いてましたが…たぶん軽い気持ちで書いてるんだろうけど、気がついたら実現してるし。
そしてそれ以上にゴールドコンサートに出られたことも大きかった。浅倉さんも立ったあのステージに自分が立てたことは最高の宝物です。きっと38歳も大丈夫。でも一人じゃだいぶ心細いので、皆さん、助けてくださいね。
長々とではありますが、ここまで読んでくださった方、どうもありがとうございました。38歳になったDYもよろしくお願いします。がんばります。
2017_03
31
(Fri)22:52

独り

今日は祖母の葬儀。37年間僕を育ててくれ、肉体的にも精神的にも一番近いところにいてくれた祖母を送ってきました。昨日は気温が20度近くまで上がり、春の陽気と思ったのもつかの間、今日は最高気温さえ10度いかないという寒い、そして雨の1日でした。
きっと祖母の涙だったのだろうと思います。昨日も書いたように、参列してくださった方が口々に祖母の人生は全うされたものだと言ってくださっていたのですが今日の雨。まだまだ祖母は死にたくなかったのではないかと思いました。
僕の誕生日や正月たんびに「大ちゃんのお嫁さんを見るまでは死にたくねーなー」と口にしていました。いついかなるとき、どんなときでも僕のことを気にかけてくれた人でした。もうすぐ38にもなろうかという男がこんなにも祖母に心配をかけて…。
生前も亡くなってからも心配をかけて。雨はお葬式や火葬が始まる頃には強くなり、何度かiPhoneのアプリが豪雨情報や大雨の情報を通知してくれてました。笑顔で逝きたかっただろうに…そこも含めてごめんなさい。
昨日書いたように、祖母の棺にはタバコを入れました。僕からの最後のプレゼントです。もうありがとうとは言ってくれなかったけれど喜んでもらえただろうか?火葬が終わった棺から少しだけタバコの煙が香った気がしました。
気のせいだったのかもしれないし気のせいではなかったのかもしれない。でも、何もかもを許された祖母がもし久しぶりの喫煙を喜んで味わってくれたのだとしたら、本当に嬉しいです。
祖母が最後に闘った癌は調べたところ、男性の喫煙者に多く喫煙との因果関係もわりとはっきりしているというようなことがいろいろな場所に書かれていました。レントゲンにも映りにくいこともあるらしく、1年前に筋力低下や脳梗塞のような症状が出始めたときにはもう手遅れだったのかもしれない。
医師にも発見できなかったものを僕が発見できるはずなんてないんだけど、仮にも人の体を預かる仕事をしている自分なのにそれに気がつけなかったのは悔しい。僕も一過性の脳虚血発作を真っ先に疑ったから。
やはり勉強あるのみだなとも思いました。そしてそのことを身をもって教えてくれて亡くなった祖母はやっぱり立派な人です…なんていうと生意気でしょうか?
母が死に、祖母も死にました。今住んでいるうちにはその前に亡くなったおじの別れた奥さん…僕にとっては義理のおばということになるんですが、彼女やその子供たちがいます。ですがそういう血筋のため、いつまでも甘えて生きていくこともできないと思っています。
ですが助けてくれる肉親はもういません。何か理不尽なことが起きても本気で怒ったり泣いたり、嬉しいことを一緒に喜んでくれる人はもう傍にはいません。だけど止まることもできない。こちらに残されたからには僕も全うしないと。
半人前の弱弱しい僕ですが、できる限り心配かけないようにゆっくりでもちゃんと歩いていきたいと思います。来月の後半ぐらいからになるとは思いますが、審査が通ればガイドヘルパーを使っての生活も始まるはずです。
「大丈夫、なんとかなる。だから安心して」などとはとても言えません。ひょっとしたらこの先、僕が死ぬまでそうは言えないかもしれない。ですが全うできるように、無効に行ったときに幸せになれたことを報告できるように、また歩きます。また逝きます。
37年間、いっぱいいっぱいごめんなさい。そしてありがとう。お疲れ様でした。
2017_03
30
(Thu)20:23

Over The Rainbow

祖母の納棺とお通夜に行ってきました。この1年ぐらいのことが全て夢だったらよかったのにと今日ほど思ったことはありませんでしたが、1ヶ月ぶりに会った祖母はもう動かないし何もしゃべってはくれませんでした。しかってもくれない。褒めてもくれない。
穏やかに、ただ眠っているように。でも特徴的だった祖母の寝息は聞こえないし、体温もなくて。本当に祖母なのか、まだ信じたくない自分がいます。そんな祖母の亡骸を前にして僕は髪をなでながら謝ることしかできませんでした。
祖母は、肺にできた癌のせいでほんの少しだけ苦しんだようですが、最後は本当に穏やかだったという話です。弔問にきてくださった方も口々に「全うしたんやな」と言っておられました。そう言っていただけたことは勝手ながら救いでした。
だけど、祖母の願いを僕は何一つかなえることができなかった。弱視程度には回復するだろうと言われていた視力も0になり、ずっと「大ちゃんのお嫁さんを見てから死にてぇなー」と言っていた祖母ですが、それも適わぬものになってしまいました。
祖母のために結婚したいと思っていたわけではないけれど、ずっと僕のことで心配をかけっぱなしだった人だから僕もそれだけはどうしても適えたいと思っていたんですけど…。いろんな意味で自分が悪いんですけどね。悔しいなー。
そんな祖母へ僕は天国にタバコをもたせてあげることにしました。本当に晩年は病気のこともありでタバコを断っていましたが、本当にこちらが心配になるぐらいタバコの大好きな人でした。僕が煙嫌いなのと本当に体調が心配だったためずっと止めろ止めろ言ってたんです。
そのたびに祖母は「わたしの唯一の趣味や。あんたは人の心配より自分の心配をしなさい」としかってきて。まーこの若い頃からの喫煙が今回の癌に繋がったかどうかは定かじゃないですが、本当に明日、最後は許してあげたいと思いました。
これぐらいしか僕にはできません。本当にごめんなさい。ただし、天国でもほどほどにね。そんなことを考えていたとき、葬儀場でオカリナ演奏によるこの曲が聞こえてきました。有線だったのかなー?

当たり前なんですがぴったりすぎて。あと、オカリナの優しい音色にも包まれるような思いでした。虹の彼方へ祖母は旅立ったんですよね。虹の橋の袂には、祖母がむかし、もう僕が生まれるか生まれないかの頃だそうですが、かわいがっていた犬がいるはずです。
名前をラスカルといいます。ラスカルには会えただろうか?先に行ってる曾祖母、母、おじには会えただろうか?今はそんなことを考えています。痛みや苦しいことがなくなった世界で…こんなダメ孫ですがどうかどうか見守っててほしいです。
明日は本当にお別れです。きちんとお礼を言って、虹の無効へ見送りたいと思います。
2017_03
29
(Wed)22:24

祖母の死

今日のお昼過ぎ、一緒に住んでいるおばから闘病中だった祖母が亡くなった事を知らされました。癌告知、余命宣告から1ヶ月。本当にあっという間でした。そして37年間、距離的にも精神的にも僕の一番近いところにいてくれた人が一番手の届かないところに行ってしまいました。
こういう言い方をしてしまうとよくないのかもしれませんが、一昨年亡くなった母よりも僕が祖母と一緒に暮らした時間は長かったのではないでしょうか。間違いなく今の僕、DYという人間を作った人です。
でもそれは僕自身の甘えでもありました。視覚障害者として生まれた自分を誰よりも守ろうとしてくれた祖母。小さい頃、年上の子供たちに目のことでいじめられたときはどこからともなく現れて「あんたたちの学校では目が見えない子がいたら容赦なくいじめてもいい、そう習ったの?」と一蹴してくれたこともあります。
なんとか僕の目を治そうと全国各地を飛び回って、東京の病院まで3ヶ月に1回、検査のために一緒に行ってくれたのも祖母。教師の体罰で左目を失ったときも一緒に泣いてくれた祖母。僕が中学に上がるとき、嬉しそうに制服姿の僕を写真に収めたのも祖母。
高校2年で右目の眼球が破裂して大出血して救急搬送されたとき、「なんで大輔だけがこんなめにあわんといけんのか」と泣きながら現れたのも祖母。母とその恋人と暮らしていたとき、どうしても馬が合わずに悩んでいた中で「うちにくるかえ?」と手を差し伸べてくれたのも祖母。
三療師の国家試験に合格したことがわかったとき、「あああああ・・・よかったなーーー」と誰よりも喜んでくれたのも祖母。社会人なり立ての頃、ガイドヘルパーを頼もうと市役所に行ったら門前払いを食らって、そのときに自分よりも激怒していた祖母。
以前勤めていた職場で少々理不尽なめにあったとき、一緒に職場までついてきてくれて上層部との話し合いに悔し涙を流してくれたのも…みんなみんなみんなみんな祖母。一番近くで一番のみかたでいてくれた人。そんな人を僕は、ひょっとしたら最後の最後に裏切って傷つけたのかもしれない。
たぶん、いなくなるべきなのは祖母じゃない。祖母はいなくなっちゃいけない。死ぬべきは僕なんだと思う。僕がいなければみんな幸せだった。誰も傷つかなかった。間違っているかもしれないけどこの数年、僕はずっとこの気持ちを抱えてきました。
育ててくれた祖母に、少しでも返したいと思ってずっとやってきました。社会人になって働き始めて、給料をもらえば自分の小遣いだけ1万ほど引いてあとは全て家に入れるとか。一度、誕生日にコートを買ったこともあったっけ。
そんなちっちゃい、本当にちっちゃいことです。別に恩を着せたいわけじゃなくて。それぐらいしか僕にはできなかった。でも僕はそのことが幸せだった。「ありがとうな」と言ってくれる祖母の声が嬉しかった。でも申し訳なくも会った。
「これだけしか渡せなくてごめん」っていう気持ちもあった。好きなことだけやってきたわけじゃない。それなりに我慢だってした。間違っているかもしれないけど、僕なりの僕にしかできない家族の守り方だった。祖母との生活を、祖母との幸せを。
だからおじや母が祖母を残して先に死んだとき、僕は許せなかった。自分は親になったことがないからわかった風なことを言うようだけど、子供に先に死なれる親の辛さは仕事の中でも何度も耳にして自分なりに受け止めてきたから。
今となってはそういう僕の考え方や祖母への依存というか甘え?これが本当に僕のためだったのか、祖母のためだったのか。確かめる術はありませんし、最後の最後に…ここには書けないのですが14年ぐらい前の過ちというのがあって、そのことでいろいろ。
なんだか取り留めなく書いてしまいました、ごめんなさい。もう祖母はおじや母、曾祖母には会えたでしょうか?結局、左記に記した誰一人、僕は直接死に目に立ち会っていないんですよねー。そこも含めて最低だな、おれ。
自分の人生で本当に一番近いところにいてくれた人がいなくなったこの事実。飲み込まなきゃいけないんだろうけど、ちょっと今は無理みたいです。確かに悲しいんだけど、でも悲しむことすら僕には許されないような気さえしています。
頭の中がぐちゃぐちゃなので、整理しようと思って書き始めたんですが、ぐちゃぐちゃなまま出す形になってしまって申し訳ありませんでした。ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
2017_03
20
(Mon)10:59

あれから1ヶ月と火事

1ヶ月ぶりのエントリーです、皆さんこんにちは。ここしか見てない人(まーいないかな)のために一言だけ、なんとか生きていますよ。心配くださっている方、本当にありがとうございます。そしてごめんなさい。
自暴自棄みたいになって本当にいなくなろうとして警察のお世話にもなったりして、あれから1ヶ月が経ちます。相変わらず家族との冷戦状態は続いています。食事は作ってくれますし行動については今までと変わらず手を差し伸べてくれていて、その点に関しては素直に感謝しています。
でも、会話がないのは正直しんどいです。おはよう、いってらっしゃい、お帰り…そんな簡単な言葉すら交わさなくなってのこの1ヶ月。確かに僕は許されないことをしたしその報いは受けるべきです。行く場所がない以上ここにいるしかないのも事実。
だから黙って無言の制裁を僕は受け続けるべきなのだと思うことにしてはいるのですが…きついとかしんどいと思ってしまう自分もいて。時々朝、起きれないぐらい体がきついときがあります。体中が重いし肩や背中もパンパンで。どうしたらいいのかなー?
ちらほらとSNSには書き込んでいますが、自立に向けて動いていたりもします。ガイドヘルパーを申し込んで、審査が通れば来月の終わりぐらいから利用できるのではないかと思っていますが、あと1ヶ月以上…がんばらなきゃなー。
そんな今日この頃なのですが、まさに今この瞬間の話を今日は書いてみようかと思いますが、自宅の近くで火災が起きています。朝10時を回ってすぐぐらいでしょうか、たくさんの消防車が我が家の近くにきては次々と止まって、一瞬夢なのかと思いましたけど。
よく最近、自分の家や自分が暮らしている場所の近所が燃える夢を見るんでね(苦笑)でもどうやら夢ではなく現実みたいで、消防の人が声を掛け合ったり叫んだり拡声器で何かを言ったりっていう声が聞こえます。現実ですね。
自宅にはこの時間、誰もいないんで正直不安で仕方なかったです。iPhoneを声のする方向にかざして物体認識アプリを使って写真を撮影しても、ポイントを外してるみたいでどこがどう燃えてるのかまではわかりませんでした。
その方法がうまくいけば、家から出たほうがいいのか、家にいたほうがいいのかっていう判断材料になるかなと思ったんですが失敗。とりあえず僕の家の前に人だかりができたことで、たぶんここは大丈夫だろうという判断をしましたが…。
こういうとき目が見えないって不安ですね。怖いけど、せめてパチパチっていう火の音や熱が伝わってくるような状況だったら判断できるんだけど。自立するということ、一人で立って生きるっていうことは本当に難しいんだなと思ったりして。
ひとまず、今これを書いている時間、家の前の人だかりもいなくなって消防の人の声もだんだん聞こえなくなっているので鎮火の方向に向かっているのかな。わかんないけどね。まだメラメラ燃えてて手がつけられない状態でってこともあるかしら。
荷物はまとめていつでも逃げられる状態にはしてありますが、次から次、いろいろですね。なんでこういうことになっちゃったんだろうなー。とにもかくにももうちょっと気を張ってたいなとは思います。
本当はこんな風にブログなんて書いてる場合じゃないのかもしれませんけどね。なんかやってないと不安なもんで書いてみました。