2011_11
30
(Wed)17:55

アニーちゃん旅立ちの日

先週の月曜日、インフルエンザの予防接種を職場で受けました。去年は注射した直後高熱が出て大変だったんですけど、今年はそういうのもなく安心していたのです。
ところがその3日後ぐらいかな~。喉がどうもいがいがするなと思ってたら咳が出始めて、日曜日ぐらいに一度治りかけたんですが月曜からぶり返して、んで今に至ります(苦笑)
寒気とかはぜんぜんなくてむしろ仕事中とか汗をわりとかきながらやってるんですけど、その後がむちゃくちゃよくないというか。かいた汗が夕方歩いて帰るときに冷えてこうなってるのかな~。
昨日からはけっこうさらさらした鼻水がだーーっと(笑)これはワクチンの副作用なのか、それとも風邪なのか?な~んかすっきりしない体調に悩まされてます。毎年この時期にはこういう鼻を痛める風邪をよく引いてる気がする。
明日から師走…とは思えないほど暖かい日が続いてますが、明日ぐらいから気温がぐっと下がるみたいです。お互い体調には気をつけてまいりましょう。そんな今日、DAクラスタの皆さんの元へ悲報が飛び込んできました。
浅倉さんのtwitterをチェックしてる方はもう情報を受け取ってると思いますが、10時半ぐらいだったかな?「愛犬アニー(13歳)が天国に旅立ちました。今までたくさん可愛がってくれてありがとうございました。浅倉大介」というツイートが…。
あまり適当な表現ではないのかもしれませんが、こういうのはやっぱ慣れないですね、辛い。アルくんのときも書いたかと思うんですが、ワンちゃんのことを考えるとけして長生きすることがいいこととは言えないし、浅倉さん自身も覚悟を持っていたことと思います。
ここのところ調子があまりよくないということをラジオでも話してくれていて、お散歩のときも歩調がゆっくりなアニーちゃんにジョンくんがあわせるっていうtwitterでの発言もあったりして、少しずつそのときは近づいていたんだなって。
会報なんかでたびたび、自分よりも短い命と暮らしている覚悟も話してくれてました。でも覚悟することと現実に直面することはぜんぜん違っていて、一緒に暮らしている家族の最後は辛いもの。それが人でも動物でも。うまい言葉が今は見つからないな~。
でもね、もしかしたらここは浅倉さん見てないと思うけどさ、ほんと浅倉さんってすごいと思うんですよ。これは声を大にして言いたい。ツイートからしかわからないことだけど、アルくんのときもアニーちゃんのときもその最後の瞬間、傍にいられたってことだよね?
ミュージシャンという立場もそうだけどあれだけ忙しく動き回っている中でこうやって最後のときまで一緒に過ごせて。偶然にしたってなかなかできることじゃないと思うんですよ。「実はあのツアー中に旅立ってました」とかそういうことがあってもいいはずなのに。
もちろんその瞬間に立ち会うということがどれだけ辛いことか、その心中を察するとそれだけで胸が痛くなるけど、でもきちんとお見送りできたのだとしたら(涙)きっとアニーちゃん、幸せだったと思う。しっかり飼い主としての責務を果たした彼の強さというか頭が下がります。
犬の十戒にも「最後のときがきたらお願いします。どうか傍にいてください」っていうのがあるんですが、それができたのだとしたら浅倉さんにとってもスタッフの皆さんにとっても、そしてアニーちゃんにとっても大切な時間だったのかな?そうだったらいいと心から願います。
今日アニーちゃんは虹の橋へ旅立ちましたが、そこにはアレックスくんがいてくれるはず。アル☆アニーちゃんがそっちへ行ったから道案内頼むな。そしてそこからパパを見守っててください。僕たちにはパパの力が必要なのでもう暫くお借りすることになるけどごめんな、許してな。
最後になりますが、アニーちゃん関連で僕の宝物を一つ↓


これは5年ぐらい前かな~。アニーちゃんとアルくんのオルゴールが限定で出て、2個はちょっと値段的に手が出なかったんだけどどうしてもほしくて、アニーちゃんのをお買い上げしました。
曲を流すとこのアニーが首を前後にふりふりするんです。もうかわいくてかわいくて…。曲はDAソロの「メッセージフロムセブンライツ」になってます。これからも大事に大切に保管していこうと思ってます。
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2011_11
28
(Mon)21:14

バス通勤始めました!!

なにかわたわたしていてブログを書く余裕もないほど疲れ果てている今日この頃です、皆さんこんにちは。11月ももう終わろうとしていますが、今月はほんとわたわたしてた。
特に仕事面なんですけど、忙しいことはありがたいことだとわかっていながら最近また少しずつ気持ちに余裕がなくなっているのをなんとなく感じています。無駄にいらいらしたりせっかちになったり気持ちだけが先急いだり…。
そろそろ師走っていうのもあるんですかね(笑)こんなんじゃいけないですね、しっかりしないと。そんなわたわたの原因を今日は久しぶりに書いてみようと思うんですが、2週間ほど前から職場までのバス通勤がスタートしたんです。
これまで職場までの道中は場所が場所ということもあって、自宅と職場の往復を送迎していただいてたんですが、建物の老朽化なんかもありで今月中旬に施設ごとお引越しをしまして、これに伴い交通の便がすごくよくなったためバス通勤になりました。
2週間ほど経ってだいぶ慣れてきてはいますが、実はここにくるまではいろいろと自分の中ですったもんだがありまして…。まずバス通勤になるというところが大きな生活環境の変化でした。
これについては数ヶ月前から「もしかしたら」という話で上司から告げられてはいたんです。でも先月の終わりごろになってつかつかつかと上司がやってきて、こう告げられました。
「前にも話しましたけど引っ越したらバスできてもらおうかなと。もううちも送迎が手一杯なので。とりあえずあとで地図を渡しますんで、あとはガイドヘルパーなり、そういうのを活用してやってもらわんと・・・困るんで」
正直この一発は自分にとってきつかったですね。甘えだと思われるかもしれないけど、なんかぶっきらぼうにこれだけ告げられてすぱーーんと切り捨てられたようなそんな気がしたというか。
僕が全盲であることは周知のことだと思うのに見ることができない地図だけ渡されてどうしろと…。職場の最寄のバス停とかも教えてくれるわけじゃなくこれだけ告げられて…。ガイドヘルパーもお金かかるしとか…。
とにかく正直な話「どうしよう!」でしたね~。今思うと上司も引越しのこと、物理的なものや事務的なものも含めていっぱいいっぱいだったのかもしれないなと思っていますが、とにかくそのどうしようから抜け出せなくて。
でも同僚に話をしたら最寄のバス停やらそこから職場までの位置関係、その他諸々いろんな話をしてくれて、時刻表なんかも見たりしながらようやく自分の中で安心できたというか「これならなんとかいけそうか?」みたいな。
そんな悲喜こもごもがありながら2週間前よりスタートしたバス通勤。実は学生の頃はバス通学をしてたんですが、それから約20年。これだけの時間が流れたらバス事情もいろいろ変わっていて、しばらくは驚きと勉強の連続でした。
まず大分のバスでもSUICAの相互利用が始まってたとかぜんぜん知らなかった。元はと言えば東京に旅行に行ったというおじから「おまえも東京よく行くんなら持っとけ」ともらった代物。それが3年ぐらい前だったかな?
ライブで遠征したとき初めて使いましたけど、もうこれ使っちゃったら戻れないですね(笑)それぐらい便利で、東京なら電車、モノレール、バス、ゆりかもめまで全部これでいけちゃ撃って言う。でも大分ではなんの役にもたたない・・・と思っていたのに。
ニモカベースのメジロンニモカっていうのが大分にはあってそれも含めた相互利用が可能ということなんですけど、「なんかそういえばそんな話があったね」っていう程度でスルーしてたので本当に使えるとは思いもしなかった。
バスによってカードリーダーの位置がまちまちなのにちょっと翻弄されていて、障害者手帳を見せて割引をお願いしようとしたときに誤って「ぴっ♪」ってセンサーが反応したりっていう失敗もありますし、乗り口のリーダーが探せなくておろおろしたこともあるし…。
あとは人が座っている席に間違って座ろうとしたことも←これは学生の頃にもあった失敗だしある意味僕たちが避けては通れない部分なんですけど、そんなときに空いてる席を教えてくれる人の温かい親切とか。
ここのところ引きこもりがちだったこともあって職場以外の人たちと触れ合ったり、こうやって優しさや暖かさに触れることが少なかったので、それも含めて日々楽しんでいる感じです。
バス停から職場までの道がちょっと全盲の自分が一人で横断するには難しい感じになっていて、そこをどう一人で渡れるようにしていくかが今は自分的な課題。逆もしかりなんですけど車のエンジン音と信号の絡みが音だけではぜんぜんわからない。
音響信号や点字ブロックはもちろんなくて、でもそこは全ての道でそうなっているわけではないから割り切っているんですけど、そういうときに僕らが手がかりにする音や段差、壁なども少ないし、音に関しては赤だろうと青だろうと同じ方向から聞こえてくる感じがする。
今日、ためしに一人でわたってみようとしたら思いっきり自分の至近距離を車が過ぎていってあせった(笑)もうここはしかたないのかなって思ったりもする。今は職場でその時間、手の空いてる同僚にお願いして迎えにきてもらってるけど…。
そんなこんなであれやこれやと苦労もしてますが、でも基本的には楽しんでいますバス通勤。明日もまたバスにて職場に向かいます。新しい生活に戸惑いもあるけど、これが自分にとってマイナスでないことを信じて…。
2011_11
03
(Thu)01:37

#DA20 ~浅倉大介ソロデビュー20周年祭りを振り返る!!~

この前のエントリーでは醜態をさらしてしまって、気分を害された方もたくさんいたかと思います。まずはそちらについてお詫びを。本当に申し訳ありませんでした。あれから心療内科への受信を定期的に続けていきながら徐々に自分の中にくすぶっているものを自分なりに消化しているところです。
消えない傷や過去って誰もが持っているものだと思うし、そこから抜け出せなくて辛い思いをしている人はたくさんいるはず。しかし僕が前のエントリーでしてしまったことというのは許されることではないと思います。そしてそれを理解しながらやってしまったというのは反省すべきことです。
ここ数週間で感じたこと、思ったこと、気がついたことというのもたくさんあってそれについてもおいおい書いていきたいとは思っているのですが、まずは前回のエントリーで不快な思いをしてしまった方たちにお詫びします。本当に申し訳ありませんでした。
さて、11月最初のエントリーは気を取り直してといいますか僕の敬愛しますミュージシャン、浅倉大介さんについての話題を。本当は一昨日書きたかった内容なんだけど今週の頭から体調が安定しない状態でして(苦笑)風邪かね?気温の変動にまんまとついていけてません。
よって2日遅れての内容になりますが、一昨日11月1日に浅倉さんがソロデビュー20周年を迎えました。今頃浅倉さんはその20周年と誕生日を国外でぱーーっと祝おう・・・じゃないんですけど香港ディズニーにファンの皆さんとお出かけしていることと思います。ちくしょっ、うらやましいぜ。
この香港イベントが発表になったのが7月か8月かそれぐらいだったと記憶してますが…accessのツアー初日に配られたチラシかなんかが初だよね?twitterを見ているとファンの皆さんの落胆ぶりはそれはそれはそうとうなものがありまして←少なくとも僕のフォロアーさんはね。
去年は欧州ツアーでなかった秋のソロライブとクラブイベントが今年は20周年というタイミングもあるしきっとあるだろうと、期待していた私たちも私たちではあるんだけど、「なぜ日本じゃないの?」「なぜ海外なの?」「震災で大変なときにすることか?」などなど厳しい声も聞きました。
正直僕も今、いろんなことが大変な状況にある中で海外イベントってどうなんだろうと感じた部分もあります。もちろん浅倉さん一人で動いていることではないというのは理解しているし、さまざまなことを考慮してこのイベントが企画されたのもわかりますが。それに単純に27万円はショミーンな自分にはぱっと出せる金額ではないし(苦笑)
ツイログで当時の自分のツイートをさかのぼってみるとけっこう厳しいことをつぶやいてたりもして、でも冷静になって考えてみると「ここでぐちぐち言っててもなにも始まらないし、とりあえず留守番組でなにかできることはないかな?」って思い始めて、その一つがデビュー日の午前0時にお祝いツイートをリプライしようってものだったんだけど。
accessのデビュー日はけっこう有名ですが、浅倉さんとHiroそれぞれのソロデビュー日ってあまりメジャーじゃないというかね。Hiroのソロデビュー日は31日の夜フォロアーさんに教えてもらって初めて知ったよ(笑)
それに浅倉さんの場合、元々はヤマハの契約社員というところからTMのマニュピレーション、サポートメンバーという形で上っていって小室産の打診があっての音源リリースだから特殊といえば特殊ですよね。お誕生日も近いのもあってそこに隠れてしまってる部分もあるし。
今回僕がこうして提案して初めてソロのデビュー日を知ったという方も多いらしい。他にも香港イベント留守番組で何かできないかと思ってはみたのですが、いろいろと金銭的なものが発声してしまうことがすごく多くて、シンプルにこの方法しかなかったんですよね~。
ということで31日の夜からいろいろとフォロアーさんに相談持ちかけたりしつつ、#DA20っていうハッシュタグをつけてみんなで盛り上がろうと。本人へのリプがなかなかしづらいという方もいたと思いますけど、ハッシュタグを作ることでそこも回避できるかなっていうのはありました。
んでフォロアーさんたちの協力でお知らせツイートを拡散してもらって…このときもすごかったですよ。公式RTがあると僕のIPODTOUCHとかIPHONEにプッシュ通知がくるようにアプリ側で設定してるんだけど、どんどん拡散されて輪がものすごい勢いで広まっていくのがわかって。
そして1日の午前0時にプロジェクト開始。いや~~、もうね、圧巻でしたね~。拡散の勢いもすごかったけど、こうしてみんなで一つになって浅倉さんへの思いというか心のこもったメッセージが一斉にツイートされてTLが埋め尽くされる様。
僕はただその場所を提供したにすぎないただの一ファンなだけなんですけど妙に感動してしまって…「おまえが泣いてどうする!」的な常態になってしまいました(笑)いや~、ほんとすごかった、その一言につきる。
しばらくしてなんとご本人からも驚きのツイートが投下されるという事態にさらに目頭が(笑)#DA20もいつの間にか本人公認のハッシュタグみたくなっちゃってね。泣いて喜んでくれてるみたいな顔文字のツイートもあったりしましたね。
香港イベント直前でいろいろとお忙しい中お騒がせしてある意味申し訳なかったかもしれませんが、留守番組の僕らの思いも届いてくれてたら嬉しいな。そしておこがましいですがそれが何かしらの浅倉さんのパワーになってくれていたらこれ以上に嬉しいことはないです。
20周年記念本に僕もメッセージを載せていただいてますが、そこにも書いたとおり「浅倉さんが僕たちの希望の光であるように、僕たちも浅倉さんが輝けるお手伝いをできる限りしていきます」ということを一つ実行できたかなと。
この場を借り手ではありますが協力してくれた方、参加してくれた方、本当にどうもありがとうございました。そしてこれからもこんなやつですが僕DYをどうぞよろしくお願いします。