2017_02
21
(Tue)00:04

今日も考える

昨日のエントリー、よくよく読み返してみたら矛盾がありますね。好きなことだけ選んできた自分がいけないのかって考えているわりに、仕事は休みたい癖して音楽とポッドキャストは続けたいだなんて。それこそ言ってることとやろうとしてることがおかしい。素直なままに書くとこういうことになります、情けない。
みんなそう、苦しい琴だってやりたくないことだってそれぞれにあって、でもそこから逃げるわけにはいかない。みんなちゃんと向き合ったりそれなりに流したりしながら生きてる。僕はやっぱり逃げることしか考えていない。一つだけ弁解させていただくと、仕事を0の状態にしたいわけではありません。
ただ遊んで暮らしたいだなんてそんなことは思っていなくて、今好きだと思えるもの、前を向いて打ち込みたいと思えるものがあるうちに少しだけ苦しいことを休んで、苦しいことを続けるための力を蓄えたいという意味で書きました。そこが伝わっていないのだとしたら僕の言葉が足りませんでした。
仕事の内容そのものについては僕は生きがいをもって…いましたと書いたほうが正確なのかな?今はいろんなしがらみと職場の雰囲気に飲まれて、自分が本当にお客さんたちに提供したいサービス、届けたい気持ちや体温を与えられない状態になっていて、これもまた僕の伝える力の不足なんでしょう。
それがとてつもなく歯がゆくて悔しいんですが、スタッフもそれぞれにそれぞれの仕事でいっぱいいっぱいなのが手に取るようにわかるし、それに伴ってイライラしている人が多いことも知ってる。そこへきてお客さんから「マッサージ、頼んであるんやけどいつ呼ばれるんか」みたいにどやされれば矛先をこちらに向けたくなるのもわからんじゃない。
サービスの提供が不十分に鳴れば苦情が増えるのは至極当然の話で、時には診に覚えのないことで叱責されることもあって、お客さんに少しでも診も心も軽くなってもらいたいと思う僕の気持ちとスタッフの不足による職場全体の重い空気がギスギスになって…なんだかもう、正直よくわからなくなってきました。
最近僕と一緒に仕事をするようになったスタッフさんは僕のこと、嫌いな人多いんだろうね。必要以上の言葉を発しないし笑わないし暗いし。ポッドキャストやってる自分とは間逆ですよ。でもそれで職場全体の空気が和めばいいんじゃないかなって。お客さんの要望が絶対、声を発する人の発言は絶対。
なかなかご自身からは「わたし、まだなんでしょうか?」って言えないお客さんや「先生、いつも忙しそうだから希望してもお疲れになるでしょう」なんて気を遣ってマッサージを受けない人がいることだって知ってる。でもそれを言ってもスタッフをイライラさせるだけなんで。「ただでさえ忙しいのに仕事増やさないで」みたいな。
だから嫌われ役でいいかなって思って3年ぐらいは我慢してきたけど、そろそろ仕事については限界を感じてきました。かといって止めてしまえば生活ができない。昨日の件とあわせてですが、なんだか生きていく自信がどんどん消えていく。生きにくい世の中なんて言われてるけど、この状況も僕が招いたことなのかなー?
考え方次第でこの世の中、どうにでもなるのかもしれない。変えられないのは自分のせい。逃げだと思われても仕方ないですけど、本当に疲れてしまいました。少し休みたいです。でも…何度も言いますがそういうわけにはいかないんです。がんばらないと。僕ががんばらないと。そのためにはちょっとでいい、力がほしいな。
今日もグチグチとしたエントリーで申し訳ありません。明日も…というかもう明けて今日か。がんばります。今日は眠れるだろうか?
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2017_02
20
(Mon)01:00

考える

去年、本当に久しぶりに僕に彼女と呼べる人ができました。薄っぺらく聞こえてしまうかもしれませんが、僕は彼女のことを本当に愛していました。本当に真剣に心から。僕ももう37です。あとがない…ことはないのかもしれない。でもそれなりにいい年です。
晩婚化だの独身貴族だのいい言葉はいっぱいありますが、自分の周りの同年代を見てみると結婚、一児・二児のお父さんという人もたくさんいます。「まだ若いんだから」は言い訳にならないと僕は思っています。そんなあせりもなかったわけじゃない。
でもそれ以上にずっとずっと一緒にいたいと思ったし、彼女を支えていきたいと思った。「ああ、この人だー」って。でもそんな彼女、突然僕の前からいなくなってしまいました。知らず知らずの間に僕のこの気持ちが重荷になってしまったんでしょうか?
それまで喧嘩らしい喧嘩もしていないし本当に順調だと僕は思っていたのに…。人の気持ちがつかめなかった僕のせいなんだとは思います。はっきりと結婚を意識してあせってたわけではないけど、ゆっくりゆっくりそこへ積み重ねていけたらとは思っていたので。
そんなことをやっているさなか、祖母が倒れ入退院を繰り返すようになり、ついに先日余命宣告まで受けました。肺癌だそうです。また一人、僕にとって大切な肉親がいなくなろうとしてる。
どうしてみんな、僕が大切な人たちは僕の前から突然いなくなるんだろう?母もおじも彼女も、みんなみんな大好きなのに。そりゃ確かに母との親子仲はけしてよくなかった。おじを許せない自分もいる。
でもいい思い出だってそれなりにあるんだ。ゴールデンウイークに母、おじ、祖母らと言った遊園地。母が二日酔いで寝ぼけて作った砂糖味のおにぎり。おじが教えてくれたテレビゲームのおもしろさ。
あの頃はみんな楽しくやってた。幸せだった。何がどこからおかしくなったんだろう?どうして?僕があの日、算数の宿題をちゃんとしていって、担任教師に左目を失明させられたりしなかったら…?
そもそも僕が生まれてきたことそのものが間違いだったのか?そんなことを祖母の余命宣告があってからのここ数日、ずっとずっと考えています。考えてもわからないけどずっとずっとずっとただずっと考えてます。
僕が多くを望んだからいけないのか?わがまま砲台してきたからか?たまに我慢することもあったかもしれない。でも楽なこと、好きなことばかりを気がついたら選んで。自分じゃそんなつもりないけど、わかってないだけ?
だから彼女もいなくなったの?祖母もいなくなっちゃうの?だったら悪いのは僕だ。ここには書けませんが14年ほど前、僕は大変な過ちを犯しました。弁解したって許されることじゃない。自分の寂しさと欲望に勝てないまま相手に深い深い傷を作った。
だから悪いのは僕。他の誰でもない、僕。それで昨日、一人でいなくなろうとしました。夕方、タクシーを呼んで、むかし行きつけだった理髪店にいきました。家族に行く先を聞かれたら散発とでも言っていなくなろうと思って。でもその時間、家族は家にいませんでしたけど。
散発をしてそこの店長に概要程度の近況を話しましたけど、家出をしてきたとは言えなかった。「家に帰りたくない。あの家にいる資格はない」ぐらいのことは言ったかもしれない。でもそんなことでドラマみたいに話が運ぶほど世の中は甘くないことも知ってる。だから一度は帰ろうとしました。
だけど、少しだけ今の家に引っ越す前のアパートに行ってみたくなって駅から逆の方向に歩いて。全てが懐かしかった。ここを歩いてバス通勤していたこと、たまに東京や福岡、大阪に行くために駅に向かったこと。もっともっと前、社会人なり立ての頃の自分、アパートの隣のローソン。
いろいろ思い出した。あの頃は一人でできることも家族に手を貸してもらうことも今より少しは少なかったんだろうに、今じゃ典型的なだめな視覚障害者になってしまってる。だからか?だからみんな愛想着かしていなくなっちゃうのか?だとしたらやっぱり自分は消えたほうがいいんじゃないか?
そう思ったら帰るのが急に怖くなった。家族に出て行けって言われているような感じがずっと耳の奥でしてた。寒いのと怖いのでずっと震えてた。震えながらスマホでtwitterやFBの友達に「今夜、誰か泊めて」なんて叫んでた。消えたいくせに怖くなって叫んでた。でも返事なんてこない。
そりゃそうです。みんなそれぞれに生活があってそれぞれに生きている。むちゃくちゃな話です。だからやっぱりこのまま消えようと思っていたんですが、生まれて初めて警察のお世話になって、僕は今の自宅にいます。まだ生きています。消えられずにいます。そしてまた考えてます。
あのとき、もっと遠くに行ってればよかったのかとか、電車に乗って違う県に適当に行こうかとか。お金はそこそこ持ってたしもっと何かいい方法あったのかもしれないし、さっさとどこかの川にでも飛び込めばよかったのかもしれない。でも直前でやっぱりできなかったんだろうけど。
一人ぼっちになるの、怖いです。一人で生きてるわけじゃないのはわかっています。家族だけじゃない、自分には大切な友達もたくさんいます。ポッドキャストなんかを通じてたくさんの人と出会いました。大好きな人たち。でも、自分が知らない間にその人たちをズタズタにしてるのだとしたら。
みんないつかさっと「実はおまえのそういうとこ、前から大嫌いだった」とか言われていなくなったりしたら。怖い。僕の大切は、僕の大好きは人を不幸にしてる。だとしたら怖い。やっぱり消えたい。でもこれを書き残しているということは…やっぱり消えたくない。ずっと考えています。
少しだけわがままを言いたいです。それが許されない世の中であり状況であるのもわかっていますが、しばらく音楽とポッドキャスト以外のいろいろをお休みしたい。音楽とポッドキャストはやりたい。まだやりたいと思えるから。思わせてくれる人たちがいるから。
それに、唯一がんばらずにがんばれることだと思ってる。これすらできなくなったら僕は本当に消えなくてはいけないんだと思う。少しだけ、ほんの少しだけでいい。半年ぐらいでもいい。ちょっと休みたいです。でもそれはできない。いい大人がそれはできない。がんばらなきゃ。
ずっと考えています。今夜も考えます。がんばります。最後に、twitterやFACEBOOK、Lineなんかで心配して声をかけてくださった人たち、ありがとうございました。そして心配かけてごめんなさい。自殺だけはしません。誓います。ごめんなさい。
2017_02
05
(Sun)06:31

お腹のルーティーン

2月になりました。先月は総合的に見ると気温が高い日が多く、気象庁だかウェザーマップだか忘れちゃいましたが見解としてはやはり今シーズンは暖冬だそうで。とはいえ先月末は寒かったですね。Apple watchで確認する気温が二桁いった日が何日あったでしょうか?
そのせいなのかなんなのかDYさん、お腹を壊して1週間ほど寝込んでいました。正確には、一番酷かったのが先週月曜から水曜ぐらいまで。木曜日からは少し気分も落ち着いてゴソゴソやっているんですけど、なにぶん力が入らないので仕事は1週間休んでおります。
こうして考えるとマッサージ師の仕事、自分では特にここ最近、慣れもあってあまり意識したことなかったんですけど、力のいる仕事なんだなって(笑)本当に寝、お腹壊すと力が入らないんですよね。無理に血から入れるとすぐ気持ち悪くなって上ってきちゃう。
だいたい2年周忌でお腹の風邪を引いてるここ数年のような気がしているんですが、今回は下痢もないし、下痢ならばまだ僕的には耐えられそうなもんなんですけど、今回のはずーーっと吐き気だけが続いていて本当にしんどかった。もう1週間ぐらいは無理はできないかなーなんて。
寝込んでいた数日のお話は今日行進のポッドキャスト、PULVERIZEBEAT第459回にてしゃべっていますのでもしよろしければ。金曜日に収録したので声だけはそこそこ元気よ。
この収録後のお話をここでは書きますが…まーざっくりいうと昨日のお話ね。だいぶ気分もよくなってきまして、そんなに無理をしなければ動き回るのも苦ではなくなりました。食事も、ゆっくりであれば気持ち悪くならない程度にはなってます。
ただ食後、食べ物が胃で消化されるタイミングなのかな?油断すると気持ち悪くなっちゃうので、そのときは横になってやり過ごしてる感じ。吐いたほうがいいのかもしれないんですが実はDYさん、嘔吐恐怖症みたいなものも持ち合わせていて厄介な性格なのですねーこれが。
水曜日ぐらいまではお風呂に入っても、何の刺激だかよくわかんないんですが上ってきちゃうので怖かったんですけど、金曜日ぐらいからこちらもだいぶましになってきました。昨日は「口の中が気持ち悪いなー」なんて思って、風呂のついでに歯を磨こうとしたもののこれが大失敗で、上ってきちゃって途中でおしまい。
そんな昨日の風呂には生まれて初めて、腕時計というものをして入りました。Apple watchの液晶がちょっと汚れてたんで入るついでにきれいきれいしようと思ったわけなのですが、思ってたほどの感動はなかったもののいい経験になったというかね。「へー、こんな感じなんだ」みたいなね(笑)
収録語の体調についてはそんなもんです。具合が回復してきて気がついたこととして、やはりものすごい肉体的にも精神的にも疲れてるんだなと思いました。それはこの胃腸風邪のせいもあるんだろうし、生活の中の諸々もあるんだろうし。いろんな意味で余裕さえあればしばらくゆっくりしたいもんですが…。
ということで、さすがに明日からは仕事に出られるようにしたいなと思っています。この体調不良のせいでやりかけていたもの、作りかけているものがぜんぜん進まないという状態になっているのですが、徐々にチャージしながら進めていきたいと思いますので皆様、よろしくお願いしますね。ほんとお腹の風邪、なめんなよ(笑)