2010_09
05
(Sun)22:21

罪を憎んで人を憎まず的な話

今日もまた目を覆いたくなるような痛ましい事件が起きてしまいました。名古屋の地下鉄でお年寄りが女に刃物で切りつけられて亡くなったというニュース。夜になってこの23歳の女は逮捕されたらしいけど、「私は今日生まれた」とかわからない言動を繰り返してるらしい。
どうしてこういう事件が後を絶たないんだろうね。何の罪もない人、ただそこに居合わせたというだけでわけのわからない理由で命を奪われる。なんとも言葉が出てこない。亡くなられた方はお気の毒だし、この女も何を思っていたんだろう?
誤解を招いたら申し訳ないんだけど別に擁護するわけじゃなく、彼女には彼女なりの理由があるはずなんです。たとえそれが身勝手だとしてもね。家族と何かトラブルがあった、会社で何かうまくいかないことがあった、友人や恋人などと人間関係で悩んでいたなどなど。
その彼女の異変をどうして周りがきちんと見てあげられなかったのかなっていうのもあるんだけど、理由はどうあれここまでしなきゃならなかったというのはよっぽどですよね。何箇所も刺し傷があったっていうしいわゆるめったざしでしょ?
よっぽど彼女の心をいけない方向へ導く何かがあったんだろうなって思うんだけど、起きてしまったこと、彼女が人を殺めたというのは間違いのないことだから。今は意味不明の言動を繰り返してるらしいけど、しっかり自分がしたことに向き合って償ってほしい。
それに奇麗事なのかもしれないけど僕はこういう罪の償い方に関する法律についてもっと考える必要性があるんじゃないかって思う。おそらくこのケースでも精神鑑定や責任能力の有無が問われるでしょう。それで精神障害や異常が見つかったときに裁けないっていうのはおかしいと思う。
人が一人亡くなってるんですよ。それを「心神喪失状態で…」とかいう理由で片付けられてしまうのはあまりにも違うと思うんだけどな。殺人に限らず度々レイプや犯罪で精神鑑定や責任能力って言葉を耳にするけど、少なくとも被害者やその家族は一生背負っていかなきゃならないことなんですよ。
心や体を病んでいる人が起こした犯罪について罪を軽くするという風潮は絶対に変えて言ってほしい。罪は罪です、重さなんて変わらない。もちろん命も。そしてこのいろんなことが入り組んだ社会で誰だって彼女になりうるということも心に止めておかないといけないなっていうのも感じました。
ごめん、言ってることむちゃくちゃかな(苦笑)なんか最近の裁判のニュースとか医療事故とかいろいろ見てると、起きてしまったことをうやむやにする風潮があまりにも多くて。今に始まったことじゃないけど、いけないことをいけないってなんでできないんだろうね?
この事件に関してもご遺族にとって心が休まるような裁きがくだることを祈っています。そして彼女がきちんと自分のしたことを受け止めて罪を償ってくれることも。なんかよくわからないエントリーをさらしてしまってすんません。もうちょっと頭が冷えてから書けばよかったのかもしれないね(苦笑)
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