2012_05
30
(Wed)10:50

がんばるってなんだ?普通ってなんだ?

先週の土曜日から少し遅めのGW・・・じゃないんですけど、5連休中でございます。今日がその最終日で昼からはバイトもあるんだけどさ。明日からまたがんばらにゃいかんしそのリハビリって感じかな?
この5日間はいろいろと準備もしつつ、でもどこへ出かけるでも何をするわけでもなく基本だらだらと過ごしていました。昨日から蛍の光2を再放送している大分ですが、まさに干物女ならぬ干物男ですよね~。
色も白いはずだ。だからぼちぼち白ヤチマと名乗らせてもらうこともあるんですが(笑)でもね、最近「DYさん、ちょっと黒くなったよね?」なんて言われるんですよ。くっくっく、これもバス通勤の賜物か?
そんな連休中、どうせだらだらするならブログぐらい書けよって話で、この連休中も含めていろいろ感じるところの多かった数ヶ月をちょっとまとめてみたいなと思っています。
もしかしたらここをたまたま見てしまったことで不愉快な思いをしたり、「なに甘ったれたこと言ってんの?」って思う人もいるかもしれないですけど、これが今のありのままの気持ちなので。
以前にも書いたと思いますがここ数年、もともと自分に自信があったわけじゃないんですけどそんな気持ちに拍車がかかってしまって、自暴自棄に陥ることが本当に多くて。その答えをずーーっと探しているようなそんな毎日でした。
その一番の要因は片思いをしていた人と分かり合えなかったことかなって思います。誤解なきようにお願いしたいのは、僕はその相手の方を攻めたりしたいとか謝罪してほしいとか、そんなことはこれっぽっちも思っていません。
彼女にいやな思いをさせてしまったのは自分だし、こうなるのもしかたないよねと納得した上で僕から離れたので。ただほんのちょっとでも分かり合いたいと願ったのは事実で、なぜそれが適わなかったのかっていうのはずっと引っかかっています。
たられば話ばかり思っても何も変わらないんだけど、もし僕が友達なのだと割り切って自分の気持ちを抑えることができたら今も時々会ったり、話ができたりしていたのかとか。実際できてないんだけどさ。
んじゃ~その気持ちに気づいたとき、我慢せずに「おれは友達だと割り切ることはできない。もうそういう目で君の事を見られない」って告げて離れたほうがよかったのかなとも思ったり燃して。そしたらお互い傷つくこともなかったのかもしれないなって。
無駄に嫉妬したり誤解したりねじれたりせずにさよならができたのかもなと。それでも一緒にいたい、いつかわかってもらうためにがんばるんだと願ったのは僕のエゴでありわがままでもあり。あのときは他の誰かじゃなく君がよかったんだ。
結果的には最悪の形で離れることになってもやっとしたままずるずるずるずる3年ぐらい経っちゃいましたけど、なにやっても満たされない状態に陥ってしまって。音楽に逃げても「これ、あてつけにしか聞こえなくない?」っていう作品しかできなくなった時期もあった。
「誰かを間接的に攻撃するためにおれは音楽やってんじゃない!」っていったんオリジナル曲の製作をぴたっと打ち切ってカバー曲に逃げたのが一昨年ぐらいから。それでもなんか違う、なんか違うっていうもやもやがついてまわって、自分を攻めることしかできなくなってました。
音楽に限らずプライベートでもやることなすことうまくいってない気がして、自分が誰からも認められてないような気さえすることもあって。仕事でも数年前に比べると本当にたくさんの人たちから頼ってもらえるようになって、それに答えることでまた頼ってくれる人が増えて。
でもなんか違う。ぜんぜん満たされてない。よく言えばプロ意識が目覚めてきたのかということなんだろうけど、悪く言えばただのガキ。結局褒めてもらいたいだけなんだね。「これだけやってるのにどうしてご褒美くれないの?」みたいな。そんなガキな自分がたまらなく嫌で、そりゃ愛想つかされるのも無理もないよね。
こんな僕を見てリア友もそうでない人も、職場の同僚も家族も「がんばってるんだからもっと自信モチナよ。小さくならずに堂々といきな」って言ってくれて、そう言ってもらえることは本当にありがたいし思ってくれることは素直に嬉しいんですけど、自分ではまったくそうは思えないんです、どうしても。
友人たちは母親になったり父親になったり結婚をしたり、あまりよくない話ですが不倫をしている幼馴染もいたり(苦笑)でもどういう形であれ前に進んでいると思うんです。僕はあの日、あのときからずーーっと止まったままのようなそんな気さえする。それがもどかしいし悔しくてしょうがなくて。
でも、本当にここ数ヶ月なんですけど「案外これでもいいのかな?」って思える出来事というか、そう思わせてくれる人たちとの出会いがあって。僕はどんな出来事や出会いにも必ず意味があるものだと思っているんですが、特にここ数ヶ月で繋がることができた人たちっていうのは僕にとって大きくて大切な存在です。
上で書いた彼女とのことがあってから「がんばるってなんなんだ?普通ってなに?当たり前ってなに?」っていうのをそればかりずーーっと考えてしまってたところがあって、「大ちゃんってさ、食べ放題のお店とか行っても一緒に目当ての物を取りにいったりとかしてくれないよね?」って言われたこととか。
それができなかった自分のことをずっとどんより考えていたんだけど、同世代の視覚障害の方にそのことを話すと「私もだよ」とか「食べ放題のお店って難しいよね。下手に動くとトレイとかひっくり返しちゃうこともあるし」って言って貰えることもあって。
それが必ずしもいいことなのかどうかはわかりませんが、わかろうとしてくれる人の存在だったり、自分と同じ境遇の人と話をしていて同じようなことにぶつかったり悩んだりしながら、それでも笑ってしっかり生きている人がたくさんいる。純粋に前を向く力を与えてくれる人たち。
僕も及ばずながら誰かにとってのそういう存在になりたいなって思います。そのためにもいろいろがんばんないとね。この人たちとの出会いのために必要な別れだったのだとしたら、彼女とのこともまた必要な出会いだったのかもしれません。そんなことを感じる今日この頃なのです。
長々と書きましたが、やっとここまで思えるようになった感じ。本当は自分を必要以上に美化したり正当化してるみたいでいやなんだけど、書けてよかった・・・かな?
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C.O.M.M.E.N.T

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