2013_01
12
(Sat)22:13

自立と縁と友情と

昨日のことになりますが、1通のメールがiPhoneに届きました。僕が小学校1年から知っている女友達から。メルアドの変更とともに「登録するのもしないのもおたくの自由です」という乱暴な文面が添えられていました。何か立腹している様子でびっくりしたとともに、「ついにきたか!」という思いもありました。
昨年終わりのエントリーでちらっと書いていた不倫をしている幼馴染というのが彼女です。何度かこの不倫に関する相談を受けていて、僕としてもできうる限り彼女の話を聴き、アドバイスできるところはしてきたつもりでした。しかし、昨年秋のこと。
「大ちゃんどうしよう?私○○くんのことを好きになったかもしれない」というメールが送られてきました。正直、そのメールをもらった瞬間僕が思ったことはもう勝手にしてくれでした。彼女には所帯があり、娘さんもいます。それを踏まえ僕はこれまで2年近く話を聴き、返せる部分は返してきました。
それは幼馴染ということもありましたが、このままではいけない、今のこの状況を変えたいという彼女の気持ちを察してのことでした。って僕が勝手にそう思ってただけなのかもしれないけど。しかし、不倫を終結させるどころかこのありさまです。勝手にしてくれは本当に正直な思いでした。
でもそう思ってしまう自分がたまらなく小さい人間に思えて情けなくて、返す言葉を失った僕は彼女から距離を置くことにしました。そして、上記の昨日のメールにいたったわけですが、どうやら僕が無視をし続けてきたことがよっぽどだったらしい。何通かメールをやり取りする中でいろんな思いを受け取りました。
そして、「あんたなんか友達でもなんでもない!!」と締めくくられていました。自分にも繋がった縁を切った経験があるので、こう言い放った彼女にとってもそれは軽い気持ちではなかったと思っています。少なくとも不倫の相談をしてくれていた頃までは頼りにされてたんだろうし。
でもね、不倫の経験がない僕に相談をされても彼女の行動を肯定できるほどできた人間ではないのですよ。彼女から聞いた範囲での話でしか不倫に至った経緯はわからないし、それを聞く限り20年以上も時間を共にしてきた友のみかたでいたいとは思う。それぐらい酷い話ではあった。
だが不倫はよくない。夫婦だけの所帯ならばまだしも娘さんがいる。僕はあるタイミングで言いました。「今はAちゃん(娘さん)のためにも仮面でもいいから夫婦でいるべきだと思うけど、いつかは決めなくちゃいけない。そうでないと君自身も壊れてしまうし、Aちゃんがなによりそんなお母さんを見たくはないはずだ」と。
しかしま~結果こうなったわけで、僕の思いは届かなかったというか・・・。いいんですけどね、彼女が決めたことだから。彼女も言ってましたし。「あんた一人友達いなくなったってどうってことはない」と。そして、いろいろと罵声を浴びせられる中でこういうものがありました。「あんたなんかより自立した全盲の友達だっているんだ」と。
まーごもっともだと思います。親と同居ですし一人暮らしだってしたことはない。東京に行くのだって友達の助けなしでは動くことができませんし、結婚はおろかこの年になっても彼女の一人もいません。でも、ある一つの疑問が浮かび上がりました。「んじゃーあなたにとっての自立とはなんですか?」。
確かに、上記のように物理的にはなんら自立していない僕です。違う知人にも何度も何度も指摘され、それで悩んだり落ち込んだこともあります。でも、去年たまたまtwitterを通じてたくさんの視覚障害の方に出会いました。彼らに学んだことは、答えは一つではないということ。
全盲ながら東京で一人暮らしもしながら働いている人がいたり、ご夫婦とも全盲で子育てをしながら助け合って生きている人もいたり、健常者のだんなさんに助けを駆りながら自立しようと件名にがんばっている人もいたり、悠々自適な独身ライフを謳歌している人もいる。
そんな人たちにいろんな話を聞きながら、でもけして彼らは上から僕を見下ろしたりはしてきません。「彼女ができてもなーんでおれ、助手席なんだろうとか思いません?」とか、「食べ放題のお店に行ったとき、どうしても一人で動きづらかったりするよね」っていう赤裸々な話も普通に受け止めてくれる。
なぜならば、彼らも自分と同じ悔しさや歯がゆさ、痛みを味わってきてるから。もちろん、物理的に自立していることは自信にも繋がるし、何より障碍者でも一人で立派に生きていくということは社会的にも優位なのかもしれません。僕にはそのための努力が乏しいのもわかっています。
だからこそ、今できることを精一杯やりたいと思っているのです。いやらしい話、僕は職場からいただく給与のほぼすべてを生活費に当てています。自分用のお金は給与からは引いていません。安月給なのもありますが、これが生まれてからずっと家族に世話をかけている分の僕の誠意だと思うからです。
物理的には自立に乏しい僕ですが、少しでも自分に対してよくしてくれる人、助けてくれる人、幸せな気持ちにしてくれる人に対しては、自分もそれで答えていきたいと思っています。もし物理的な部分だけを指して自立というのであれば、それは大きな間違いだと思います。
自立した人というのは、自分というものをしっかり持った上で、いけないことはいけないと正す勇気だったり、困っている人に対してためらうことなく差し出せる優しさだったり、どんなに酷いことを言われてもじっと耐えてそれを許せる強さだったり、そういうものを持った人のことではないでしょうか?
そのことを僕は、去年知り合ったたくさんのご縁から学びました。だから、物理的にも精神的にも自立した人だと胸が張れるような生き方をしていきたいと思います。どこまでできるのかわからないけど、また「口先だけだ」と言われないようにしなきゃですけど(苦笑)
僕が投げかけた「あなたにとっての自立ってなに?」という質問については、「一人暮らしをしてみなよ。誰の解除もなしに外出してみろよ」という返事が帰ってきて、人に自立しろと吐き捨てたわりにはこういう答えしか返してこなかった彼女にはちょっとがっかりしましたが、ま~そうだよねって。
こうやって屁理屈並べて偉そうなこと言ってますけど、現に自立はできてないから。だけどね~、不思議と冷静なのです。少し前だったらすごく悩んでたし言い返せなかったと思うけど、こんな僕にもできることがあるんだと思わせてくれる仲間ができたし、自信にもなってるのかもしれない。
その仲間たちに甘えるだけじゃなくて、ほんと、与えてもらったものをちょっとでも返せるように努力は惜しまないつもりです。そして、彼女のことはこちらでは勝手に友達でいさせてもらうつもりです。そんなに簡単に切ってしまえるほど友達でいた時間は短くないし。いつかわかってもらえる日がくるでしょ。
それは明日かもしれないし死ぬ間際かもしれないし、でも、その日は必ずくる。僕にもきたから。今は苦しい現実から逃げたくてもがいてるんだと思うのですが、きっと抜け出せます。抜け出してもらわないと困ります。本当に優しいいいやつなんですよ。がんばれ!!おれもがんばる。
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C.O.M.M.E.N.T

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