2015_10
03
(Sat)06:24

DYちゃんの楽曲解説~lost topaz~

10月になりましたね、皆さんおはようございます。夏の疲れなのか精神的な疲れなのかそれとも怠け癖なのか、最近また睡眠サイクルがおかしくてですねー(苦笑)昨日なんてもう7時前から意識ありませんでした。今朝は3時前に起きてなにやらゴソゴソしております。
そんな今日この頃なのですが、近況などをざっくり。先週iPhone6sに機種変更しました→今秋頭に初めてしゃべるラインスタンプを買ってみました→Apple musicの3ヶ月トライアル期間が終わってまんまと繰り越し更新しました…以上(笑)この仲で何か聞きたい話ある?
そしてもう一つの近況について本日は詳しく書いてみようかと思いますが、久しぶりにmuzieに新しい曲をアップロードしたのでその解説なんぞを。曲の生まれた敬意などについてはパラビ391回目でお話していますので、こちらでは音作りのこととかを中心に書いてみようと思います。
☆muzie、DYのアーティストページ
http://www.muzie.ne.jp/artist/a052030/
☆スクリーンリーダー対策。上記URLから再生ボタンがうまく探せない方はご利用ください。
http://www.muzie.ne.jp/songs/436978/
今年の頭に亡くなった僕の母を思って作った曲です。大本のメロディーみたいなものは今年の頭に既にあったんですが、いろいろアレンジを重ねてこの形になりました。ほんと二転三転したりメロディー自体も変わったりして、具体的には「もうちょっとテンポの早い曲だった」とかいろいろあります。
浮かんだメロディーがすごく力強さを感じるものだったので、音色も力強いというか抜けのいい音をと思ってチョイスしたのが、JDの波形。やっぱこのピアノは抜けがいいですねー。そのインパクトゆえにTKピアノと呼ばれてたりしますが、だからなのかこの曲、「小室さんっぽい」っていう感想をいくつかいただいてます。
ってか僕の曲が小室さん、浅倉さんっぽいのは今に始まったことじゃないというか、もう勘弁してください(笑)それはさておき、音数がこれもまた相変わらず多くて、32トラック使いました。歌のない曲なのにlabyrinthよりも多い。
特に途中からのループリズムとかパーカスの音が大量だなーと思った方もいると思いますが、リズムセクションだけで10トラック使ってます。曲が形になってきて、特に途中のシンセボイスとかチューブラベルの重いセクションに差し掛かったときに、すごく躍動するようなパーカスパートがほしいなと思ったんですね。
最初、JUNO-Gの波形からいろいろ作ろうとしてて実際それを切り貼りした素材も一部使ってますが、どうも厚みのある感じが出せなくて、iOS版ガレージバンドに入ってるループ素材を拝借しました。民族音楽っぽいループも強いんですよね。使ったら結果すごいよくなった。
あの重いセクションはショパンの葬送行進曲とかに通じる…とか書くとおこがましいですが、イメージ的にはそんな感じかな。棺を手にゆっくりゆっくり進むイメージもあるし、僕的には母にとって止まってしまった時間をこれから一歩一歩踏みしめながら歩いていかなくちゃならないっていう、その音だったりリズムだったりします。
リズムだけじゃなくて他にも20トラック重なってますけど(笑)ピアノの裏で鳴らしてるキラキラしたベル音も好き。これ、実はEOS B900EXの波形です。アコースティック系の音は今聞くとあまり抜けがよくないんですが、こういうキラキラした音色は、一部ですけどEOSはすごく強い。
EOSだけで曲作りをしていた頃はよく多用してましたが、すごく久しぶりに使ってみました。FMほどの抜けは残念ながらないんですが、キラキラ感は出せてるんじゃないかと。あと、EOSの音色は、やはり母に無理を言って買ってもらったファーストシンセだったので使いたかったのもありました。
ウインドチャイムの音もEOSですが、もうちょっとこれはいい素材を使いたかったなーというのが正直なところでして(苦笑)なんか、パーカス系のサンプリングソザイが昔からほしいんですよねー。ウインドチャイムとかレインスティックの素材がもっとほしいですね。
途中に出てくるシンセリードは一発録音です。よく聞くとミスタッチしてる(笑)これ、何回か録りましたけど結果的に一番最初に録ったやつを使った気がします。いわゆるファーストテイクマジックってやつですよね。moogじゃないけどそんな音色にできたので気に入ってます。
シーケンスも聞こえているものからよく聞かないと聞こえないものまでたくさんちりばめました。後ろのほうに実はいるんだけどよく聞かないとわからない。でもあるのとないのとじゃぜんぜん違う。そんな音もたくさんいて、その辺もEQとかいろいろ切り替えて聞いていただけるとおもしろいのかなーとか思ったり。
内容的にもメロディー的にもすごく重たいんで、もしかすると聞く人の取り方によってはよくない印象を与えるのかなとも思います。また、「亡き母を思って作った」というのをパラビでも言ったし、muzieの照会文でも書いてるし、そういった意味でも「どうなの?」って思う人がいるかもしれません。
そう思われたのだとしたらそれはしかたのないことですし、正直作った自分も「どうなんだ?」と思うことがあります。だって、母のこと、僕は大嫌いでしたから。その理由は詳しくは書きません。でも大嫌いでした。嫌っていた母が死んだ。そしてその母に弔いの曲を書いてる。おかしいと思いますよ自分でも。
でも不思議なもので、亡くなってからのほうが母のことをすごく考えるようになった。「あのときの母の言動はなんだったんだろう?」とか、「本当は何を言いたかったんだろう?」とか、もっと根本的なところで「母はなぜ僕を産んだのか」とか。勝手なモンです。それでも出ない答えをことあるごとに考えてます。
昨日だってそうです。仕事から疲れて帰ってきてリビングのドアを開けたら「お帰り」って母に言われた気がしたり。もういないのに。自分でも気持ち悪いと思います。こうやっていろいろ考えながら自分の中で噛み砕いて噛み砕いて噛み砕いて噛み砕いて、最後には飲み込んで、そして生きていくんでしょう。
この曲についても、それ以上でも以下でもなく、母を思って作った曲であることには変わりなくて、だめ息子のだめな表現方法なのかもしれないですが、生まれてしまった曲なので、母のように大事にはできなくても真実として見つめていこうと思います。どこかで演奏することもあるかもしれないしないかもしれないし。
そんな感じです。なんなんでしょうね?言いたいことがうまくまとめられてないですが、そんな曲でございます。今後も母を思って作る曲がいろいろ出てくるかもしれませんが、生暖かく、僕の咀嚼だと思っていただけたら幸いです。
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