2016_01
09
(Sat)16:23

一周忌

母が亡くなって今日で1年になります。あっという間でもあり長いようでもあり、どこかまだにわかに母がもういないという事実を飲み込めていないようでもあり…悲しいのか悲しくないのか、まだどこか不思議な気持ちで今日を迎えました。
1年前の今日のこと、今でも鮮明に覚えています。冷え込みの強い朝でした。朝っぱらから少々気分の悪い出来事があって、ムカムカしながらしたくして仕事に出かけようとしたら、出掛けに祖母から母の危篤の知らせを聞いて。
その日は落ち着かない気持ちで1日仕事をこなし、夕方母の死を知らされました。朝の時点で駆けつけた祖母でしたが、面会できたときは既にもう遺体だったそうです。
朝の時点で亡くなった母なので本来ならばその日のうちにお通夜となるんでしょうが、火葬の手配が込み合っててできなかったらしく、翌日の夜にお通夜、日曜日に葬儀となりました。
以前にも何度かここでも書いていますが、僕と母の親子仲はけして良好とは言えなかったと思います。むしろ僕は母が大嫌いでした。お互いに上手に甘えて甘えられて、素直に話し合ってということができなかったんだと思います。
そこは親子なんでしょうね、不器用だし口下手だし強くもないくせに強がって。そんな母からの最後の頼みだったんでしょうかね?葬儀の日を日曜に選んだ。「骨ぐらい拾いなさい」っていう。
不思議なもんで、もう動かない、しゃべらない母を目の前にすると、あれだけ大嫌いだった人なのに涙が溢れて止まりませんでした。それでもきちんとこれだけは伝えようと思ってたこと、視覚障害の自分を生む決意を最初にしてくれたことへのお礼を伝えようというのはありました。
葬儀のとき、葬儀社の方がすごく気を遣ってくださったのが印象的だったなー。本来ならばあまり遺体にベタベタ触るものではないと思うんですが、僕の目が不自由だということを慮ったのか「棺をもう閉じますがよいですか?お触りになりますか?」って何度も聞いてくれて。
僕が母に最後にかけた言葉は「バイバイ」でした。幼い頃、夜の仕事に出かける母を見送るときにいつもそう言って見送っていて。僕にとっての「バイバイ」はさよならじゃなくて、母が次の日にはちゃんと帰ってきてくれるのを知っていたから…。
もう帰ってこないこと、そんなのは当たり前なのに、棺の中にいる母に向かって僕は「バイバイ」と言いました。どこかで母の死を嘘だと思いたかったのかもしれません。あの場にいた人の何人があのバイバイの意味を知っていたのか…いや、そんなことはどうでもいい。母がわかってくれさえすれば。
そんな突然の別れから1年が経ちました。冒頭にも書きましたが未だ複雑です。ずいぶんとお金のかかった芝居をうたれたんじゃないかとか、そんなことを思うことすらあります。あれだけ嫌いだったのに、時々ですけど母のことがちょっとだけ恋しくなります。
36にもなってこのざまです。仕事もうまくいかないもどかしい毎日を送ってます。ネットラジオとかではずいぶんとでかいことをいろいろ言ってますが、プライベートはまったくもってさえない引きこもりな感じです。母はこんな僕をどう思ってるんだろう?
そんな今日、一つの曲が生まれました。母に買ってもらったシンセがおもしろくて、時間も忘れて打ち込みに没頭してた頃以来ってぐらい、徹夜で仕上げた曲。今日は仕上げの段階だったのでひたすらDAWでの作業でしたが、ちょっとすごいもんができたなって感じで。
詳細はまだ言えないんですが、ミックスを昨日の夕方6時半ぐらいから始めて、すべての作業が終わったのが明け方4時過ぎ。出来上がりの頃には一人でモニターしながらジーンとくるものがありました。母の一周忌にこの曲をやってるってのにも何かしらのものを感じます。
そんな一周忌の今日でした。健康でいられること、丈夫に生んでくれた母に感謝をしつつ。いろいろ大変だけど…時々死にたくなることもあるけど、でも生きてます。そっちはどうですか?こっちは、まーいろいろありますけどたぶん大丈夫です。
安心…できないだろうけど心配しないで。そんな感じ。さて、これから風呂入って明日更新のポッドキャストの準備だー。まだなんも編集してないぞー(笑)
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C.O.M.M.E.N.T

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