2016_05
31
(Tue)21:10

祖母の入院についてのお話

ブログではご無沙汰しています。5月の中旬を過ぎたあたりから夏を思わせるような気候に変わってきましたが、皆さんいかがお過ごしでしょう?体調崩してる人も多いみたいですね。
僕はというと、いわゆる5月病…とは違うよね、年中なんかいろいろ思い悩んでますけど(苦笑)特に今月はいろいろ考えるところありました。仕事のこと、家族のこと、友人のこと等々。言えること言えないことひっくるめてたくさん。
でもそのたびに僕の気持ちの変化を察知してくれてあったかい言葉をかけてくれる人がいたり、おもしろい話を持ってきてくれる人がいるってのはほんとありがたいです。おかげさまでなんとか生きてます。そして、ぼちぼちですがミュージシャンもやれています。
このミュージシャン話も言えるもの言えないものいろいろあるんですが(笑)言えるものとしては年内目標のアルバムをじわりじわりと作っています。今月は比較的順調に進んだかな?2曲あげました。まだまだ道は長いですががんばるですよ。
さて、今日のエントリーですが、いろいろあった5月の出来事から一つ、言えないものが言える感じになったので書き残しておきたいと思います。実は2週間ほど、祖母が入院していました。
ことの始まりはおそらく昨年末ぐらいにまでさかのぼりますが、急に節々の痛みを強く訴えるようになって、その痛みがひかないジレンマみたいなものからくる欝症状が深刻になっていきました。
病院をいくつか受診してCTなどこまごました検査をしても痛みの原因が特定できない。医師にもよくわからない。わからないゆえに「お年のせいですかね?」などという、一番言ってはいけないせりふをどこでも言われる。
余計に欝症状が深刻化していきまして、そんな仲あの地震が起きました。それが引き金になったのかどうかはわかりません。今度はめまいや足のふらつきといった症状が出始めました。もう見てられないぐらいでした。
そして5月4日の朝、ついに祖母は転倒して動けなくなりました。5月4日の朝は僕、先日告知してましたバタラジさんの24時間ツイキャスで朝の枠を担当してたところでした。まさにその途中です。
朝食のときは祖母と一言二言交わしたと思うんですが、足取りは悪かったものの比較的調子がよさそうだなと思って僕は自室に戻って続きを配信してたんですけど、戻って30分ぐらいしてからかなー。救急車のサイレンが聞こえてすごい近くで止まったんですよ。
そのときはまさかうちだとは思いもしなくて…。そしたらいっしょに住んでるおばが駆け上がってきて、今から救急車で病院に行くってので。青ざめましたねー。んで配信メンバーにちょっと離籍することを伝えて僕も下に降りて。
一緒に行こうとしたんですがもう救急車が出るところで、僕はなにもできずただその救急車の背中を見送った感じ。そんなことがあったんですが、なんとかバタラジの朝9時までの枠をやりきりはしました。
結局その日は連休中だったこともあって病院でもきちんとした検査ができなかったらしく、後日ということで祖母は帰ってきました。そしてまた、救急車で運ばれたという事実がショックだったみたいでますます元気をなくしてしまった印象でした。
それから2週間ぐらいしてかなー。その間にもかかりつけの医師に診てもらったり定期的に通院はしていたんですが、一度入院してじっくり検査しましょうということになり、5月18日に入院したというわけです。それから2週間、無事に祖母は帰ってきました。
CTやMRI、あと頚動脈エコーの検査もしたようです。僕は一過性脳虚血発作を疑っていたんですが、医師からはその診断はくだらなかったみたい。ただ一過性なので、詰まった直後じゃないとなかなかCTでもMRIでもつかみきれないのはあるんだと思うんで、どうなんだろう?
ひとまず帰ってきた祖母は、入院前に比べると元気な印象がありました。いろんな意味で安心したのもあるんでしょう。そして、14年前に亡くなった曾祖母が「早く家に帰らんと」と語りかけてきたというスピリチュアルな話も聞かせてくれました。
僕は立派でもいい孫でもないんですが、ちっちゃい頃からずっと祖母と一緒でした。亡くなった母よりもたぶん一緒でした。自分のことで母と祖母がしょっちゅう喧嘩をしているのも見ていました。それは自分のせいだけではないのかもしれないけどね。
でも、祖母が母と言い争っていると決まって僕は祖母のみかただった気がします。そんな僕を母はどう思ってたんだろうね?そんな祖母。いつまでも一緒にいられるわけじゃないことはわかってるつもりだったけど、今度のことではいろんなことを考えました。
気がついたら自分ももうこんな年になってた。まだまだ若いつもりでいたけど一人の人として、大人として、歩いていけるんだろうかっていう不安。気がついてる部分でも気がついてない部分でも僕はやっぱりあまえんぼだったなとも思いました。
それでもまだ祖母には逝ってほしくないなっていうのは…やっぱりわがままでしょうか?けど何一つ返せてない気がするんです。自分がちゃんといられていない気がする。せめて僕が一人の男としてどんな形でアレ家庭を持つまでは祖母には逝ってほしくない。
家庭を持って家族を持って、「おれ、もう大丈夫だよ」って言えるまではまだ祖母には…。おじと母が次々に逝ってしまって、次は祖母なのかと…正直覚悟をしないととも思ったけど、気がついたら毎日、母やおじ、曾祖母に祖母を連れて行かないでくれと願う毎日でした。
そんな願いを曾祖母が聞き入れてくれたんでしょうか?祖母の話を聞いて、ちょっと熱いものがこみ上げてきました。正直、自分が「もう大丈夫」と言える日がくるのかわからないけれど、もう少しだけ一緒にいさせてもらえそうなので、僕もがんばらないと。
もし僕の予想通り、一過性脳虚血発作だった場合は脳梗塞の発症リスクがすごく高まっているということにもなります。退院はしてきたものの安心できる状態ではないと思っています。転倒などにも注意しながら、自分にできることで祖母を守っていけたらと思います。
ちょっと長くなってしまいましたが、ここまで読んでくださった方、どうもありがとうございます。ひとまずは祖母も僕も安心しています。しかし明日からちょっとだけ新しい気持ちで一歩ずつ、いろいろがんばっていきたいと思います。
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C.O.M.M.E.N.T

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