2017_01
09
(Mon)00:31

三回忌

早いもので母が旅立ってから2年が経ちました。昨年、一昨年とこのブログでも自分の気持ちを書いてきました。あのときと気持ちは変わっていないし、今もまだ母がここにいないことを信じられない自分もいます。
ある日突然「だい、元気かえ?」とか言って現れて、祖母やおばと一緒に強くもないお酒を飲みながらしゃべって。「嘘ついてごめんなー」とか言って。そんなことを妄想することもありますし、夢にも出てきます。
この気持ちは何年経っても変わらないんだろうなー。ある意味では変わってはいけないものなのかもしれない。誰かが言ってたことの請負だけど、あちらへ旅立った人のことを時々思い出してあげることは供養にもなるのだと。
この1年で特別何かが自分の中で変わったのかというとそんなことはないですね。相変わらず職場でうまくやれてないしそれどころか…もしかしたら転職活動しなくてはいけないかもしれないぐらい今ちょっと限界にきていて。
戻れないし進めないしどうしたらいいのかわからない自分もいて。祖母も体を悪くして大変な時期に自分が仕事をいったん辞めていいのかとか、自分はともかくこの家は大丈夫なのかとか、不安ばかりが積もる毎日です。
眠れない夜も少しずつ増えてきましたし、昨年最後のエントリーでも書きましたが失恋とかね(笑)いい大人、いいおっさんが失恋ごときで一晩中泣いてみたり食欲なくしてみたり仕事に行けない日があったり痩せてみたり。
情けないったらありゃしませんよね。こんな状態であちらの母は心配してるだろうか?それとも「相変わらずあんたはだめな人やなー」とあきれているだろうか?しかられたいわけじゃないけど、母の情け容赦のない小言が少しだけ懐かしいな。
まーけどね、失恋に関してはもし母にとがめられたら言ってやりますよ。「少なくともおれは心から真剣だったし心から愛してたし、それゆえ心から傷ついたよ」って。こういう恋しかできないしそれが自分の短所でもあることはわかってるしね。
あの出来事のダメージは自分で気がついているところもそうだし、気がついていないところでも大きかったんだっていうのを最近しみじみ感じてて、最近会った友達には「表情が辛そう」って言われたりね(笑)笑ってる表情が硬いんだそうです。
この間のネットラジオでのカウントダウンのときもそう言われたなー。「嘘だけはつく大人になるな」って母にも学校の先生にも言われて育ってきてやってきたけど、こういうことでちゃんと笑えなくなってるのってなんかしんどいね。
ただ「なんにも変わってねー」部分も確かにあるけど大きく変わったところもあって、20年っていう時間はかかったけど自分の音楽を売り物にしたり憧れだったステージに立てたり、母が否定していた僕の音楽がちょっとだけ羽ばたきました。
「あんたの曲はアホでも作れる」と言っていた母。そうかもしれない。でもそのアホでも作れるものをその一言で捨てられるほど簡単ではなくて、僕はあきらめきれなかった。あきらめなかったから夢、叶ったよ。今のところそれだけはそっちに行ったとき、胸張って言えるかな。
そっちは1年経ってどうですか?おじとは仲良くやってますか?曾祖母や祖父とも仲良くやってますか?僕は祖父を知らないけど、母のお父さんはどんな人なんだろうね。僕、相変わらずです。相変わらず一人じゃなんにもできないやつです。
いつかあなたが言ったように、僕は人に頼ることしか考えてないかもしれません。なんにも変わってない。生きてていいのかなって思うこともあるけど、こんな僕にも「一人にしないよ」って言ってくれる友達がいるんだ。数はそんなに多くないけど、でも熱い人たちなんだ。
それにこんな僕のことを魅力的な人だって言ってくれる人もいるし、尊敬するミュージシャンなんて言ってくれる人までいるんだ。その人たちと手を取り合って、おもしろいもんをいっぱいばら撒いて、誰かがそれを拾ってくれて笑ってくれるようなこと、やっていこうと思うよ。
あと、いつになるかわかんないけど…こんな僕だけどやっぱ家族ってほしいんだよね。夫婦2人でもいいから暖かくてやわらかい笑顔の耐えない家庭なんてものを一度は作ってみたいって夢もあるんだ。そのためにはまず元気にならないとだけど(笑)
そんな家庭を僕が作るまで、祖母をもう少し…いいかな?まだ連れて行かないでほしいな。僕の嫁さんを祖母に見せてからじゃないと、おかあさん、急いでそっちに行くから嫁も見せてやれなかったし孫を抱かせることだってできなかったし。だから頼むわ。
だめな息子ですけど、この1年もどうか見守っててください。そんなことを考える深夜0時半の自室より。
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